第二十六話 ダンジョンの街の孤児院⑤
僕は孤児院が今のような状況になったのは、リンゼさんのぎっくり腰だけが原因だとは思わなかった。
「孤児院って、街からの支援金って出ないんですか?」
リンゼさんは、少し渋い顔になった。
「答えにくい質問だな。だがしょうがあるまい。少し長くなるぞ」
話してくれた内容は、要約するとこんな感じだ。
リンゼさんが若い頃はシスターが院長をしていて、孤児院は街からの支援金で活動していたそうだ。
しかし、この街の代官が代わると支援金の額は徐々に減らされ、最近再び代官が代わり支援金は完全に打ち切られた。
「先々代の代官は男爵位で、わしの父親じゃ。わしは妾腹だったがな」
「父上は優しかった。しかし、無くなった父上の後を継いだ兄上は家を大きくしようと躍起になっていた」
「兄上は出費ばかりかさむ孤児院の支援に、不要な物という考えがあった」
「そしてその後を継いだ息子は、それに輪を掛けて非情で完全に支援は終わった」
「わしは成人を迎えた時に家を出てな。ダンジョン探索者になったんじゃ。そして、実力を付け稼げるようになった」
「結婚して子供が二人できたが、妻に先立たれてのう。孤児院に寄付をするかわり、子供を預けるようになったんじゃ」
「その時父上はすでに亡くなっていて、孤児院の経営は徐々に苦しくなった。わしも兄上に支援を厚くするよう嘆願したが、聞き入れてもらえんかった」
「そして十五年前、先代院長が亡くなり、わしがここを引き継いだ」
「わしの息子とその嫁が頑張って稼いでくれたが、先日ダンジョンで二人共帰って来なくなった。子供二人を残して」
「ここを出て行った子達も支援をしてくれるが、孤児でも成人したら税金を払わんといけないしのう」
「税金を滞納したら、奴隷になってしまう。わしも危うく奴隷になるところだった。お主にもらった金があれば大丈夫じゃ」
僕は小金貨を十枚取り出し、リンゼさんに差し出した。
「あれだけじゃ、足りなそうですね。これもあげます。盗まれないよう気を付けてくださいね」
リンゼさんは一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに普通の表情を取り戻し礼を言う。
「ああ、すまん。ちゃんと、見つからんところにしまう」
「支援を、領主様に嘆願してもだめなんですか?」
「分からん。領主様に会う伝手が無い」
「そうですか」
なんとか支援を取り付けたいけど、貴族ともめるのは嫌だ。危ない事はしない。
「ここにいる子供達は、ダンジョンで親をなくしたんですか?」
「多くはそうじゃが、中には捨てられた子もいる」
「かわいそうに」
「でもな、親にも事情があったんじゃと思う。愛する子供を捨てるなんて、まっとうな人間ならできん」
「そうですね」
ここで会話が途切れる。
「もう質問は無いのか?」
「はい。僕は、もうそろそろお暇します」
「なんじゃ、夕食までおればいいのに」
「いえいえ、僕もやる事がありますし。そうだ、これ置いていきます。美味しいですよ」
僕はバナナを大量に取り出して、リンゼさんに渡した。
「三日から五日持ちします。皮がしだいに黒くなりますから、なるべく黒いのが少ないうちに食べたほうがいいですね」
「ありがとよ。あとで子供達といただく」
「僕は行商人で、たまたまこの街に来ました(本当の理由は違うけど)。頻繁には来れませんが、機会があればまた来ます。リンゼさん、体に気を付けてください」
「ああ、お主もな」
だが僕は、すんなり帰れなかった。
足にしがみ付き『かえらないでくだちゃい』と、涙目でうったえる幼女を説得する破目になった。
「やばい、《父性》が芽生えそうだ」
思わず、幼女を見つめそう呟いてしまった。
帰ったのは、それから一時間してからだった。




