第三話 アレンさんの領地②
《亜空間ゲート》をレンタルする事が決まり、その設置場所を探す事になった。
アレンさんとエミリを屋敷に送り届ける都合もあり、付き合う事にした。
「此処、広いわね。歩いて探すの?」
「十キロ四方だ。大した事無いだろ」
「ダーリンは、体力が有り余ってるからでしょ!」
「ニコルに頼んで、先に帰るか?」
「嫌よ。馬を用意しましょう!」
「我が儘だな。ニコル、一旦屋敷に戻ってくれ」
「しょうがないですねー。此処には転生者しかいないし、今回はこれを出しますか」
そう言って、《亜空間収納》からある物を取り出した。
「ニコル君、凄ーい!」
「これ《オフロード車》じゃねーか。この世界じゃ機械の乗り物なんて、農機具しか見た事ねーぞ!」
「ええ、公にはしてませんからね」
「これって、魔力で動くの?!」
「そうだよ。ガソリンや電気は、まだこの世界じゃ知られてないからね」
「売ってよ!」
「そうだ、売ってくれ!」
「またですか?」
「便利なんだから、世に広めるべきよ!」
「《亜空間ゲート》に比べたら、大した事無いだろ?」
「二人の言い分は分かります。けど今は子供達の成長を見届ける為、これ以上仕事を増やしたくないんです!」
「ニコルの気持ちは分かった。だが一台だけ、一台だけ何とかならんか?」
「私達とニコル君の仲じゃない!」
「はぁー、またかー」
この後暫く、二人の交渉が行われた。
◇
結局オフロード車は、購入先を明かさない条件で《三千八百万マネー》で売る事になった。
最初『土地で支払う』と言われたが、『商品は現金でしか売らない』と言って断った。
「ヒャッハー! こりゃすげーぜっ!」
アレンさんは荒れた大地を颯爽と駆り、運転を楽しんだ。
その姿は、まるでオモチャを手に入れた子供の様である。
十分後。
「もう充分でしょ。私にも運転させてっ!」
「まだだ。もうちょい待ってろっ!」
「ずるーい。代わってよー!」
「おい、危ない。体を揺するなっ!」
「ねーねー、代わってってばー!」
アレンさんとエミリは、運転席をめぐり攻防を始めた。
僕はその様子を、後部座席で黙って眺めていた。
◇
『キキキーーーッ!!』
『ズザザザーーーーーッ!!』
「「うわあっ!」」
『『バスッ!』』
「あははっ、スリルがあって楽しかったー!」
「急に止まるなー! それにスピード出し過ぎだー!」
「死ぬかと思った!」
「あなた達男なんだから、これくらいの事で文句言わないの!」
暫くして僕達は、壁内の中心部に到着した。
途中運転を代わったエミリは、運転が荒くスピード狂だった。
さっきの急停止も、シートベルトをしていたお陰で飛ばされずにすんだ。
「お前、その内事故を起こすぞっ!」
「アレンさん、エミリに運転させない方が良いですよっ!」
「二人共、酷ーい!」
「酷いのは、お前の運転だっ!」
「初めてなんだから、しょうがないじゃなーい!」
「しょうがないにも程がある。お前は車の運転に向いてないっ!」
アレンさんは、少しキレ気味に言った。
「ダーリンのバカーーーッ!」
「うっ! だが人を轢いたら不味いだろ?」
エミリの本気の怒りに、アレンさんはたじろぎながら諭した。
「だったら、手取り足取り教えてよ。私達、夫婦でしょ?!」
「そっ、そうだな」
アレンさんから、さっきまでの勢いが失われた。
「それじゃー、運転させてくれる?」
「ああ。俺の指導に従うならな」
「やったー! ありがとう、ダーリン!」
『チュッ!』
「うおっ!」
エミリは礼を言って、アレンさんの頬にキスをした。
その時のアレンさんの顔は、締りを失っていた。
アレンさんは《亭主関白》かと思っていたが、この様子だとどうやら違っていた。
◇
一段落ついたところで、車を降り周辺の調査を行った。
「ニコル。取り敢えずこの辺に《亜空間ゲート》用の建物を建ててくれ」
「僕が建てるんですか? それって建設費は頂けるんですか?」
「何を言っている。お前の所有物を置くんだ。当然お前持ちだ」
「そんな事、言ってませんでしたよね。僕の方は《亜空間ゲート》を提供するだけじゃなかったんですか?」
「ケチ臭い事言うなよ。お前にしたら容易い事だろ」
「こういう事はキッチリさせないと、あれもこれもとなるんです。この話し、無かった事にしても良いんですよっ!」
「わっ、分かった。代金は土地で払う。お前が言う商品じゃ無く、建築作業だから良いだろ?」
「また土地ですか?」
「これから開拓に現金は必要になる。なるべく出費は避けたい」
「だったら、車なんて買わなきゃ良いのに」
「あれは男のロマンだ。高い金を払ってでも手に入れる価値がある!」
「そうですか。それでは土地で手を打ちます」
この後《亜空間ゲート》用の建物を建て、盗難防止措置を施し設置した。
◇
作業が終わると、一旦アレンさんの屋敷に戻った。
「もう片方は、何処に設置します?」
「ラングレイ伯爵邸にしようと考えている」
「この屋敷じゃないんですか?」
「うちの庭はそれ程広くはない。それに人が集まり騒がしくなるのも好ましくない。あそこは土地も余ってるし、管理を頼める者も大勢いる」
「他人任せなんですね。上手くいくんですか?」
「領地の収益も見込めるし、魔物狩りにも手軽に行ける。きっと兄貴も協力するわ!」
「という訳だ。ニコル、良いか?」
「別に良いですけど、交渉は二人でしてくださいよ。僕は他所の場所で待ってますから」
「ニコル君、兄貴に会うのが嫌なんだ?」
「あの人、僕に剣の勝負を挑んでくるだろ。断るの面倒なんだよ」
嘗て行商でラングレイ伯爵領を訪れていた頃、エミリの長兄グレッグに会っていた。
父親のグレンに良く似て、《剣術馬鹿》である。
「その気持ち、分からんでもない。グレッグの奴、俺にも挑んでくる」
「アレンさんにもですか?」
「ああ。エミリと結婚してから、度々な」
「兄貴、剣の腕が一番じゃないと気がすまないのよ。どうしたって、二人に敵う筈無いのに」
「まあそうだね」
「それじゃ、ちょっくら話しをつけてくる。明日の朝、また来てくれ」
「はい。でも僕が関わってる事は、内緒にしてくださいね」
「ああ、分かった」
こうして僕は、アレンさんの屋敷をお暇した。




