第五十六話 奴隷商
スラムの引越しの翌日、カルトッフェル男爵が勤めるカプコン街の役場に出向いた。
「行商人のニコルだと。そんな奴、知らんぞ!」
「何でも、スラムの事で話しがあるとか。金髪の凄く素敵な男性です」
「何っ! まさかあいつか?」
『くっ、足のリングは外したい。だが素直に応じる筈は無い。奴は私から大事な収入源を奪った疫病神。会ってこれ以上貶められたらどうする?』と、カルトッフェル男爵は葛藤していた。
「どう致します?」
「今は忙しい。用件だけ聞いておけ!」
「分かりました」
しかし、カルトッフェル男爵に会う事は叶わなかった。
「忙しいのでは、しょうがありませんね。それでは『スラムの人達は引っ越し、土地は更地にした』とお伝えください」
「えっ、それって本当ですか?」
「現地を見ていただければ、分かります」
「そうですか。ではその様に、お伝えします」
「お願いします」
僕は受付の女性に伝言を残し、街役場を去った。
◇
カプコン街の奴隷商。
「何だってんだ。次から次へと! こんなんじゃこの先、商売上がったりだっ!」
「そうですね、旦那様」
「リングを取り付けた男を、どうにかしろ!」
「無理です。手を出したら、我々も同じ目に遭いますよ!」
「くっ!」
《魔素爆発》によって《魔物ハンター》という職業が生まれ、この街に多くの人が集まり賑やかになった。
しかしその結果、孤児や未亡人が増え奴隷商の収益も上がった。
そして《人頭税の増税》は、更に孤児や未亡人を増やし奴隷商を潤わせた。
従来の職業では税を払いきれず、魔物ハンターを《副業》にする者が増えたのだ。
だが何者かの手によって、その好景気は終わろうとしていた。
◇
街役場を出ると、その足で奴隷商に向かった。
成り行きでならず者や悪徳貴族を懲らしめる事になったが、利害関係にある奴隷商とは関わる事はなかった。
どうしたものかと考えると、『放っておいては、何れ《孤児院》に危険が及ぶ』という考えに至った。
「いらっしゃいませ」
「店主に用があるのだが」
「旦那様にですか。どういった御用件でしょう?」
「先日うちの家族を『奴隷商に売る』と言って、襲い掛かって来た輩がいた。返り討ちにしたが、そんな輩と取り引きしてる店主に文句を言いに来た!」
「うちは誰が誰を売りに来ようと何も問いません。商品価値が有るか無いかが全てです。あなたに文句を言われる筋合いは、これっぽっちもありませんね」
「そういう考えが、ならず者を生み増長させる!」
「あんた何者だ? 確かさっき、返り討ちにしたって。まさかあんた・・・・・」
『サー!』
店員の顔が、突如青ざめた。
「どうした?」
「ひえー!」
声を掛けると、悲鳴を上げ店の奥へ逃げて行った。
「もしかして、僕の噂を聞いていたか?」
そう呟きながら、店員の後を追った。
◇
「たっ、たっ、大変です!」
「そんなに慌てて、どうした?」
「奴です!」
「奴とは誰だ?」
「リングの男が、来たんですよっ!」
「何っ!!」
「どうしましょう?!」
「にっ、逃げるぞっ!」
「はいっ!」
『ガチャッ!』
二人は慌てて、部屋を出ようとした。
「ひえー!」
ドアの前で聞き耳を立てていると、ドアを開けた店員と目が合い再び悲鳴を上げた。
「あわわわわわわわわっ!」
「こっ、こいつなのか?」
「はいー!」
「此処は私の店だ。貴様、不法侵入だぞ。直ぐに出て行けっ! 誰か、誰かおらんかっ?!」
『ドタドタドタッ!』
店主が叫ぶと、屈強な大男が現れた。
「どうかしましたか?」
「良いところに来た。そいつを捕まえろっ!」
「へい、分かりました!」
大男は僕を捕まえようと、両腕を伸ばした。
「《睡眠》」
『バタッ!』
大男は僕に触れる事なく、床に倒れた。
「「なっ!」」
「奴隷商が、決して悪いとは言わない。《犯罪奴隷》の受け口にもなるしな。だが『誘拐』と知りながら、売買をする貴様等は許せない!」
「知らん。誘拐なんて知らんぞ!」
「そんな見え透いた嘘、通じると思ってるのか?」
『キッ!』
「「ひいー!」」
店主と店員に、軽めの《威圧》スキルを放った。
「正直に言えよ。知ってたんだろ?!」
「ひいー! しっ、知ってた。だが私は悪くない。誘拐したあいつ等が悪い!」
「知ってたなら、お前等も同罪なんだよ! 今直ぐ誘拐された人達を解放しろ! 序でに増税が理由で借金奴隷になった人もな!」
「いっ、今はこの店にはいない。他の大きな街で売りに出したところだ!」
「本当か?」
「本当だ!」
《検索ツール》で確認すると、確かにこの奴隷商に該当者はいなかった。
「だったら買い戻して、奴隷から解放してやれ!」
「そんなの無理だ。相手は貴族や豪商だぞ。どう交渉しろと言うのだ!」
「自業自得だ。売った倍の金額を払ってでも買い戻せっ!」
『キッ!!』
「「ひぎーーー!!」」
『『バタッ!』』
今度は強めの《威圧》スキルで、二人を失神させた。
そして既にパターン化してしまった《悪事矯正リング》を、三人の右足首に取り付けた。
◇
『ペシペシッ!』
「おい、起きろ!」
店主の頬を、叩いて起こした。
「いたたっ。私を叩くとは、何処のどいつだっ! うぐわぁぁぁっ!」
「目を覚まして、直ぐにこれか。どうだ、リングの効果は?」
「ぐわぁぁぁっ! だずげでぐれー!」
「《殺意》なんて抱いたら、このリングは直ぐに反応するぞ。痛みから逃れたければ、平常心でいる事だ」
「ぐおぉぉぉっ! 外してくれー!」
『ガクッ!』
店主は痛みに耐えきれず、気絶してしまった。
この後店主を起こし、僕の要求を強引に飲ませた。




