第五十五話 スラムの引っ越し
『恩返しをしたい』と言うイワンを、元廃村の村長に任命した。
その後みんなで村を見て回り、魔物避けを施した壁の事や敷地内から魔素を除去した事を伝えた。
「ところで、聖人様。村の名前は、決まってるんすか?」
「いや、まだだけど」
「それなら、『ニコル村』ってのはどうすか?」
「却下だ!」
「即答っすか? 良い案だと思ったのになー!」
「お前が村長なんだから、『イワン村』にすれば良いだろ!」
「いやいや、駄目っす。この村を作ったのは、聖人様なんすから」
自分の名前を使った村名は、お互い納得いかなかった。
「ねー、パパ。パパの名前を反対から読んで、『ルコニ村』っていうのはどう?」
『ニコッ!』
サーシアが、笑顔を振り撒き提案してきた。
「それ、名案っす!」
「ルコニ村かー。それならまだ良いかー」
こうして村の名前は、『ルコニ村』に決まった。
◇
翌日、ルコニ村から《魔素地帯》の外に通じる道を整備した。
《魔物避け》の付与も、施してある。
そしてそのまた翌日、お昼時を狙ってスラムに出掛けた。
「「聖人様!」」
炊き出しに来ていた孤児院のスタッフが、僕に気付き駆け寄って来た。
スラムの人数が減り、二人で来ている。
「やあ!」
「『やあ!』って、旅立たれたんじゃなかったんですか?」
「やり残した事があってね」
「やり残し? それって、スラムに関係があるんですか?」
「良く分かったな」
「ええ。此方にいらっしゃっいますから」
「ははっ、そうだな」
「俺に、何かお手伝いできる事はありますか?」
「私も、お手伝いします!」
「手伝いは不要だが、君達にも関係がある。取り敢えずスラムのみんなと一緒に、話しを聞いてくれないか?」
「「はい!」」
食事中のスラムの人達の所へ行き、引っ越しの説明をした。
◇
「わしらに、そんな場所を用意してくださったのですか?」
「ああ。ただ元廃村とは言え、領主様の許可を得てない。いつ追い出されるか分からないというリスクは、覚悟してくれ」
「それは今も同じですじゃ。家があってベッドで寝られるなら、喜んで行きますじゃ」
「ぼっ、僕も行きます」
「俺も行く。此処よりマシそうだからな」
此処にいる七人は、全員引っ越す事に賛同した。
「という事で、スラムの引っ越しが決まった。君達には、引き続き炊き出しを頼みたい。これから村に同行してくれないか?」
「「分かりました!」」
「ちなみに、教会からの距離は此処と然程変わらない」
「「はい!」」
スラムを発つ前に、不要な物は撤去し《更地》にした。
これで、開発の邪魔にならない。
準備が済むと、馬車でルコニ村へ向かった。
◇
道を整備したお陰で、直接馬車でルコニ村に辿り着いた。
「ほえー、これが何年も住んどらんかった廃村ですかー?」
「新しい家ばかりだー!」
「スラムなんかより、全然良いな!」
「気に入ってくれたか?」
「勿論ですじゃ!」
「はい!」
「あー」
「だが食事は、今までと変わらないからな。これ以上の生活を望むなら、自分達で何とかして欲しい」
施しを受ける事が、当たり前と思われても困る。
自分の力で、この苦境から脱して貰いたい。
「でも僕、要領が悪くて仕事を直ぐクビになるんです」
「この辺は薬草が採れる。売れば、金になるぞ」
「だけど、村の外には魔物がいるんですよね。怖くて出歩けませんよー」
「魔物と言っても、この辺はスライムしかいないぞ」
「それでも僕、駄目なんですー」
どうにも彼は、臆病な様だ。
「わしは小さい畑でも、やりたいのー」
「畑なら敷地内にあるから、自由に使ってくれ。苗や種や肥料は提供する」
「はい。感謝いたしますじゃ」
「畑仕事かー」
臆病な青年が、呟いた。
「興味があるなら、お主も畑を手伝ってみんか?」
「僕やった事無いけど、教えてくれますか?」
「ああ、教えてやるとも」
青年が、少しやる気を見せた。
これを切っ掛けに、自活できる様になる事を願う。
「そうだ!」
「どうしました?」
「この村の村長を、イワンに任せた。何かあったら、彼の指示に従ってくれ」
「あの片脚だったイワンが、此処におるのですか?」
「ああ。今はうちの子供達と、魔物狩りに行ってる」
「あ奴は既に、自分の力で生きておるんじゃな」
「なんだ爺さん。俺への当て付けか?」
先日『酒をくれ』とねだったオヤジが、突っ掛かった。
「そんなつもりは、無いんじゃが」
「じゃー、何だよ!」
「おいおい、喧嘩は止せ!」
「だって爺さんがよー」
「爺さんの所為にするな。あんたまだ若いんだから働けるだろ。これを期に何かやったらどうだ?」
「やりたくねーよ」
「何でだ?」
「・・・・・!」
オヤジは暗い顔をし、黙り込んだ。
「聖人様。こいつは元々行商人だったんじゃ。盗賊に嫁と子供を殺され、酒に溺れる様になったんじゃ」
「チッ!」
「・・・そうか。そんな事があったのか」
前向きな言葉の一つも掛けてやりたかったが、彼の心情を思うとこれ以上言葉が出なかった。
この後住む家を決め、夜には歓迎会を開いた。
いつもより豪華な料理に、皆笑顔になった。
こうしてスラムの引っ越しは、一段落ついた。




