第三十七話 二コル、子供達の願いを一蹴する
副隊長のイザベラは、意識を失った兵士達を起こしフリーデン公爵家に引き上げた。
今は一人で、自室に籠っている。
「あんな一方的にあしらわれるとは・・・・・」
イザベラは、ニコルとの戦闘を思い出していた。
『ブルブルブルッ!』
そして《威圧》スキルを放たれた時の事を思い出し、身震いした。
「この年で《失禁》とは、辱しめを受けてしまった。しかも奴の魔法で助けられた。ハァ・・・・・」
イザベラはニコルに対し、色んな感情が沸き上がっていた。
「彼なら私の《夫》になる条件を満たしているのだが、妻子持ちとはツイてない」
彼女はフリーデン公爵の姪であり、容姿も美しかった。
しかし二十七歳にして、未だ独身である。
また、騎士爵を持つ準貴族でもあった。
その彼女の結婚相手に求める条件は、自分より強くそして美しい男だった。
『トン、トン!』
「はい」
「フランソワです。入っても、宜しいですか?」
「いいわよ」
今回の件の元凶であるフランソワが、部屋にやって来た。
「イザベラさん。あの《おじ様》を取り逃がしたんですって!」
「おじ様?」
「笑顔がとても美しくて素敵なの。折角また会えると思ったのに、残念だわ!」
「なっ! 年上が趣味だったのか? 若く見えるが、フランソワと同じ年頃の子供がいたぞ!」
「私、大人の魅力に目覚めたの!」
「大人の魅力に目覚めた? だが平民を蔑んでたじゃないか?!」
「あの笑顔の前では、そんな蟠り些細な事だわ。愛は障害があった方が燃えるのよ!」
「本気で言ってるのか? この前までバロン殿下に夢中だったのに!」
「心変わりって、唐突に起こるものなのね」
「そんな事を言っていると、公爵様も領地にいる御父上も黙っていないぞ!」
イザベラも人の事は言えなかったが、理性が働きフランソワを諭した。
「そうなのよ。だから、イザベラさん協力して!」
「いやいやいや。私は協力できないぞ!」
フランソワが掛かった《魅了》は、簡単には解けそうも無かった。
◇
フリーデン公爵が仕事から帰り、イザベラは執務室に呼び出された。
「申し訳ありません。例の平民を捉えようとしたのですが、返り討ちに合いました」
「何だとっ! お前が付いていながら、何たる醜態だっ! 公爵家が平民ごときに舐められて、どうするっ?! 恥を知れっ!」
「承知しております。ですが奴は、私では手にあまる《化物》でした」
「化物だと?!」
「奴は無詠唱で、《結界属性魔法》を使いました」
「《勇者》や《賢者》じゃあるまいに、そんな事ができる訳なかろう!」
「いえ、確かに詠唱はしてませんでした。それに十六名の兵士で囲んで一斉に襲いましたが、奴に触れる事無く《威圧》スキルで全員意識を飛ばされました」
「信じられん!」
「私も挑みましたが素手で剣を受け止められ、《威圧》スキルで戦意を削がれました」
「それは全て、事実なのか?!」
「はい、剣に誓って」
「そんな奴が平民におるとは。軍を派遣しなければならんのか?」
「奴の強さは底が知れません。これ以上の手出しは、止めた方が賢明です!」
「イザベラにそこまで言わすか。グルジット伯爵家とどの様な関係か気になるな」
「どうするおつもりですか?」
「これだけの戦力、グルジット伯爵家に取られる前にわしの配下にする!」
ニコルの得体の知れない実力を知り、フリーデン公爵は考えを改めた。
◇
王都を脱出した日の夜、僕は《普通の旅》を演出しようと開けた場所にテントを張った。
しかし十畳程の大型テントにベッドや生活魔道具が備わっていて、『貴族の旅みたいね』とミーリアに言われてしまった。
子供達はそれが気に入ったらしく、『宿よりテントが良い』とはしゃいでいた。
そして仕入れをしながら旅を続け、王都を発ってから既に二十二日が経った。
「良し。最後の仕入れが終わったぞ!」
「パパ。もう村に帰るの?」
「そうだよ」
「それなら、魔物のいる場所に行こうよー!」
「魔物を狩りたいのか?」
「だってダンジョンは、十三歳にならないと入れないんだもーん!」
「パパ、サーも行きたい!」
「エミリアもー!」
「エミリアもか?」
流石にエミリアは二人につられ、意味も分からず言っているのだろう。
しかし魔物がいる場所は、大勢の人が死に街や村や森林が破壊されている。
そんな場所に、幼い子供達を連れて行くべきか悩んだ。
「ニコルちゃん。王都に戻ったら、公爵様が待ってるんじゃない?」
「そうだなー」
「だったら、このまま南に行った方が安全じゃない?」
「魔物が屯する街道を真っ直ぐ行く訳にいかないから、村まで時間が掛かるぞ」
「私は構わないわ」
「・・・・・分かった。ただし、魔物がいる場所へ行くかはまた別の話しだからな」
「「えー、何でー?」」
僕の言葉に、レコルとサーシアが反発した。
「仕入れの旅と魔物狩りは、関係無いだろ」
「「ブー!」」
僕は子供達の不満を受け流し、馬車を南に走らせた。




