第三十五話 ニコル、家族と王都へ⑤
公爵家のお嬢様から家族を守り、僕達は待たせていた馬車に乗り込んだ。
「みんな、大丈夫か?」
「「大丈夫ー!」」
「驚いたけど、私も大丈夫よ」
「パパ。どうやってあの人達、やっつけたの?」
「《威圧》スキルを、使ったんだ」
「どうやるの?」
「レコルが覚えるには、まだ早いな。ダンジョンに行くようになったら教えるかも」
「ちぇっ!」
便利なスキルだが、《殺気》を放つなんて九歳の子供には早過ぎた。
「ところで、サーシア。あのお嬢様とは、何処で知り合ったんだ?」
「えーとね。フロリダ街の繁華街で、バロン君と一緒の時だよ」
「やっぱりそうか」
「でも、何で怒ってたんだろう?」
「バロン殿下とサーシアが仲良くしてるのを見て、焼きもちを焼いたんだ」
「そうなの? 一緒に仲良くすれば良いのに」
「バロン殿下を、サーシアに取られたくないんだろう」
「サーは、取ったりしないよ」
「ははっ、そうだな。お嬢様が勝手に、怒ってるんだろうな」
サーシアからバロン殿下に対する《恋愛感情》は、一切感じられなかった。
まだまだ、子供なのである。
「それで、初めての王都はどうだった?」
「街並みも服も、お洒落で素敵だわっ!」
「気に入ったみたいだな。渡したお金で、何か買った?」
「買わなかった。食事にしか使ってないの」
「ママ、服の店ばっか見てるんだよ!」
「だって参考にして、服を作りたかったんだもん」
「それなら、買えば良かったのに」
「エシャット村より、ずっと高いのよ。買うには勇気がいるわ!」
「仕事の役に立つんだ。《必要経費》だよ」
「必要経費? そういう考え方もあるのね」
「お金の心配は、いらないよ」
「ありがとう。お言葉に甘えて、明日は買うね!」
ミーリアは、満面の笑みで答えた。
その笑みは、相変わらず可愛いかった。
「それと、今回お金の事が話題になったから言うけど」
「何?」
「僕が旅で仕入れてる品には、エシャット村で買うより高い物がある」
「それって、その分ニコルちゃんが負担してるって事?」
「そういう事。でもフロリダ村の店やなんかで儲けてるから、それは良いんだ」
「でも昔の村は今より物価が安かったから、もっと大変だったでしょ?」
「その頃もミーリアが驚く程稼いでいたから、そうでもないよ。ただレコルが僕の仕事を継いだら、同じ事はさせられないな」
僕の財産を譲渡すれば、暫くはそれも可能かもしれない。
でもそれを《習わし》にしてしまうのは、どうかと思う。
僕がいなくなれば、きっといつか無理がくるのだから。
「僕頑張って、お金をいっぱい稼ぐよ!」
「頼もしいな」
「レコル、頑張れー!」
「ガンバレー!」
「ニャー!」
「ふふっ、レコル大変ね!」
そんな会話をしながら、馬車は宿に到着した。
その日の夕食は、宿のレストランで済ませた。
◇
その一方、フランソワ達が戻ったフリーデン公爵邸では。
「何っ?! 貴様ら、平民にあしらわれたのか?」
「「申し訳御座いません!」」
「何たる醜態だっ! 正体や足取りは、掴めているのか?!」
「いえ。ただ娘の方は先日フロリダ街でバロン殿下と一緒におり、本日もグルジット伯爵邸で一緒だったと言っておりました」
「バロン殿下だと。一体、どういう関係なのだ?!」
「申し訳ありません。それ以上の事は分かりません」
「バロン殿下とどういう関係だろうと、公爵家の名誉に掛けその家族を探し出し捕獲しろ!」
「はい。しかし我々だけでは、手に負えません」
「お前らは先ず、居場所を突き止めろ。増援は手配する!」
「「はいっ!」」
ニコル達の知らないところで、フリーデン公爵に目を付けられていた。
◇
翌日僕達は、衣料品店を中心に繁華街を歩いた。
ミーリアはその価格に躊躇しながらも、僕の提言を聞き入れ服と生地を買い漁った。
「ニコルちゃん、ありがとう。それと時間が掛かって、ごめんね」
「良いさ。いつもは安い物を仕入れてたから、目移りするのはしょうがない」
「でも、ママ。エシャット村であの服着てたら浮いちゃわない?」
「そうね。買い急いだかしら?」
「王都に出掛けるなら、良いんじゃないか?」
「王都は物価が高いし、村の人達は滅多に来れないよー」
「だったらパパが、村を王都みたいにお洒落に変えれば良いんだよ!」
「エミリア、てつだうー!」
「ありがとう、エミリア」
「ニコルちゃん。レコルの言う事を、本気にしなくて良いのよ!」
「ちぇっ、良い案だと思ったのにー!」
「ははっ!」
衣料品店以外にも、服に合う靴や帽子やアクセサリーの店を見て回った。
昼には久しぶりに、旧王都から移店した《御食事処やまと》で食事をした。
息子が店を継いでいたがその味は健在で、みんな『美味しい!』と喜んでくれた。
◇
昼食を済ませ繁華街を歩いていると、僕達をつける気配に気付いた。
それとなく確認すると、昨日のお嬢様の護衛である事が分かった。
『面倒な事にならなきゃいいな』と願いつつ観光を続けていると、二十人程の兵士に囲まれてしまった。
「ニコルちゃんっ!」
「「「パパー!」」」
「大丈夫、パパに任せて!」
僕の願いは叶わず、家族を不安にさせてしまった。
「何ですか、あなた方は?!」
「我々はフリーデン公爵の命令で、お前達を捕獲しに来た!」
僕が問い掛けると、女性兵士が毅然とした態度で答えた。
他は男達だけだが、この中で一番偉い様だ。
「連行される理由が、分からないのですが?」
「公爵家を侮辱しただろ!」
「そんなつもりは、ありません!」
「言い訳は公爵家で聞く。大人しく捕獲されろ!」
「それなら私が行きますから、家族は見逃してください!」
「ニコルちゃんっ!」
「「「パパー!」」」
「駄目だ。全員捕獲するっ!」
どうにも、穏便にはいきそうも無かった。




