第三十四話 ニコル、家族と王都へ④
「やっぱり、あなたねっ!」
「「「「わあっ!」」」」
突然声を掛けられ、ニコルの家族は皆驚いた。
「あなた、バロン様と一緒にいた平民の娘でしょ!」
声の主は、フリーデン公爵家のフランソワだった。
「あっ、貴族のお嬢様。また会ったね!」
『ニコッ!』
「なっ!」
着飾って美しくなったサーシアに、フランソワは怯んでしまった。
「田舎の平民がドレスなんか着て、王都に何しに来たのよっ!」
「バロン君のお祖母さんのお屋敷に、行って来たんだ。ドレスはその時貰ったの」
「なっ、何であなたが、グルジット伯爵邸に行くのよっ!」
「サーの村の料理を、教えに行ったんだー」
「ふんっ。その年で料理なんてするのね。流石平民だわ!」
「ありがとう」
貴族家であれば、大概専属の料理人を雇っている。
フランソワは《嫌味》のつもりで言ったが、サーシアには通じなかった。
「お姉ちゃん、この女の子誰?」
「バロン君の学園の同級生。貴族のお嬢様だよ」
「へー、貴族のお嬢様なんだー」
「おい、お前等。黙って聞いていれば、子供とは言え公爵家のお嬢様に対し無礼だぞ!」
フランソワの護衛が、サーシアとレコルの言動を非難した。
「申し訳ありません。子供達は田舎育ちなもので、敬語が使えないんです。王都も今日が初めてでして」
ミーリアは慌てて、非難した護衛に謝った。
「そんな言い訳、通用せんぞ!」
「止めなさい。下々の平民に話し掛けたのは、私の方よ。多少の言葉使いは許すわ」
「しかし」
「良いって言ってるでしょ。それより、今はこの娘に確認する事があるのっ!」
「そうですか・・・」
護衛は、渋々引き下がった。
「あなたグルジット伯爵邸で、バロン様は一緒だったの?」
「うん、一緒だよ」
フランソワの表情は、サーシアの言葉を聞いて険しくなった。
「どうしてよっ! 私の誘いは断ったのにっ!」
「そうなの?」
「白々しいわねっ! バロン様を《誘惑》してるくせにっ!」
「誘惑って何?」
サーシアは、この手の事に疎かった。
◇
御者台から様子を窺っていると貴族のお嬢様らしき娘と男が二人現れ、バロン殿下の事で揉め始めた。
「シャルロッテ、ちょっと行って来る。ここで待っててくれ!」
『分かりました』
シャルロッテに指示し、急いで家族の元へ駆け付けた。
「サーシア、どうした?」
「あっ、パパッ! 良く分かんないけど、このお嬢様が怒ってるの」
「あなたこの娘の父親? だったらこの娘に、バロン様に近付かないよう言い聞かせなさいよっ!」
揉めてる原因に察しはついてたが、お嬢様のこの言動で確信した。
「お嬢様。平民の我々の方からバロン殿下に近付くなんて事はできません。それにお声が掛かれば、応じない訳にいきません」
これはあくまで、王族や貴族に対する《建前》である。
「ふんっ! だったら、この娘が可愛いのがいけないのよっ!」
「娘を誉めていただき、ありがとうございます。ですが可愛いのは生まれつきでして、どうしようもありません」
「パパー」
サーシアは誉められて、顔を赤くしてしまった。
「ちょっ、ちょっと待ちなさい。この娘に目がいって気付かなかったけど、あなた達家族《美男美女》ばかりじゃないっ!」
「ありがとうございます」
『ニコッ!』
『ドキッ!』
『ひえー! 何このおじ様、凄い美形。見詰められると、蕩けてしまいそう!』
フランソワは、心の中で慌てふためいた。
「ママ、だっこー!」
幼くて空気の読めないエミリアは、眠そうに訴えた。
「エミリア、疲れたの?」
「うん」
そう返事をするエミリアを、ミーリアは抱き上げた。
「お嬢様。幼い娘が疲れているので、お暇しても宜しいでしょうか?」
「なっ!」
「群衆の注目を浴びてますよ」
お嬢様は、回りを見渡した。
「あっ、あなた達を、公爵家の屋敷に招待するわ。そちらでゆっくり、話しを聞かせてちょうだい!」
お嬢様は僕達を解放する気は無く、厄介な事を言い出した。
「遠慮させていただきます」
「なっ! あなたさっき、『バロン様の誘いは断れない』って言ったわよね。私は公爵家の娘よ。招待に応じられないって言うの?!」
「それは・・・・・」
お嬢様の言葉は御尤もだと思い、言葉に詰まった。
「貴様、お嬢様の言う事を聞けんのか?!」
「招待を断るなんて、不敬だぞっ!」
言い淀む僕に、護衛の二人が追い討ちを掛けた。
「困ったな」
「パパ、もう行こうよ」
レコルも、飽きた様だ。
「ばしゃにのるー!」
「エミリア、もう少し待ってね」
「いやー!」
エミリアが、駄々を捏ね始めた。
僕はそれを見て、決心した。
「申し訳ございませんが、やはりお断りします」
「「「なっ!」」」
「失礼します。さあ、みんな行こう」
「「はーい!」」
僕が促すとサーシアとレコルが元気良く返事をし、強引にこの場を立ち去ろうとした。
「おい、待てっ!」
『ガシッ!』
しかし護衛に肩を掴まれ、引き留められてしまった。
「何ですか?」
「このまま帰れると思うなよっ!」
「パパから、手をどけろっ!」
「何だ、糞ガキッ!」
「パパは強いから、強引な事をしても無駄だぞっ!」
「言ってくれるな。では、腕ずくで連れて行こうじゃないかっ!」
僕より先にレコルが熱くなり、護衛を煽ってしまった。
「やれやれ、家族を面倒事に巻き込みたくなかったんだけどなー」
さり気無く穏便に済ませたかったが、そうもいかない様だ。
しかし相手は公爵家、手荒な真似は極力避けたい。
「貴様、何をぬかしてるっ!」
『キッ!』
「ひぃー、はわわわっ!」
軽く《威圧》スキルを放つと、護衛は手を放し情けない声を上げた。
「おい、どうした?!」
「こっ、こいつ化け物だっ!」
「何言ってんだ。そんな訳」
『キッ!』
「はわわわわわわっ!」
もう一人の護衛にも、《威圧》スキルを放った。
「おっ、お嬢様。引き上げましょう。我々では歯が立ちません!」
「手を出したら、殺されてしまいます!」
「あなた達、一体何をされたのよっ?!」
「駄目ですお嬢様。近付くと、我々と同じ目に合いますよっ!」
「心外だなー。お嬢様の様な少女を、怖がらせる訳無いじゃないですかー」
『ニコッ!』
『ドキッ!』
『ああ、この笑顔ステキッ!』
フランソワは、心の中でそう呟いた。
すっかりニコルの笑顔に、《魅了》されてしまったのである。
「それでは、今度こそ失礼させていただきます」
「ああ、待って!」
僕はお嬢様の言葉を無視し、家族を連れてこの場を去った。




