第三十三話 ニコル、家族と王都へ③
グルジット伯爵邸での料理指導は、昼食も兼ねていた。
全てバルトロメオさんが作る《ボール焼き》ではあったが、工夫を凝らしていたので飽きる事は無かった。
そして今は、リビングのソファーで紅茶を飲みながら寛いでいる。
「いやいや、美味しかった。たまにはこんな趣向の変わった食事も良いものだ」
「小腹が空いた時に、丁度良いわね」
「ニコル君。私も《ボール焼き》を作りたいので、道具を一式融通してくれませんか?」
「構わないよ」
「母上。《ボール焼き》を作ってくれるのですか?」
「そうよ。王城に戻っても、食べたいでしょ?」
「食べたいです!」
僕は二人の会話をよそに、魔法袋から大きさの違う鉄板と串を取り出した。
そして王城のコンロに合う鉄板を、ユミナに選んで貰った。
◇
「ニコル君、報酬だ。受け取ってくれ!」
鉄板を選び終わると、マイク様が硬貨の入った袋を差し出した。
「ありがとうございます」
僕は袋を受け取り、中身を確認した。
「こんなに? 多過ぎますよ!」
袋には小金貨が、三十枚程入っていた。
その額は、三百万マネーにもなる。
「その金は今日の指導とその経費と道具の分だけではない。二週間前、色々世話になったそうじゃないか?」
「あの時はお客様としてもてなしただけで、お金をいただく様な事ではありません」
「良いのだ。皆で旨い食事をし海のレジャーを楽しませて貰ったのだから、貴族として報酬を出すのは当然の事なのだよ!」
「・・・・・そうですか。それでは有り難くいただきます」
貴族の面子を潰すのも悪いので、全額受け取る事にした。
「うむ。ところで今回の《ボール焼き》だが、商売にする気は無いのか?」
「はい。今は家族の側にいてやりたいので、商売に労力をさく気はありません」
「そうか。では王都やグルジット伯爵領で広めても構わないか?」
「ええ、自由に広めてください」
「では遠慮無く、君のレシピを活用させて貰うぞ」
「どうぞ。その内《ボール焼き》が、王都やグルジット伯爵領で手軽に食べられる様になる事を祈ってます」
「二人共、お話しは終わった様ね」
ソフィア様が、タイミングを見計らって話し掛けてきた。
「ああ。私の用件は終わったよ」
「そう。サーシアちゃん、私からプレゼントがあるの」
ソフィア様がサーシアにそう言うと、メイドさんがドレスと靴とアクセサリーを運んできた。
「わー、綺麗。サーにくれるのー?!」
「そうよ。サイズが合うか、着てみてくれる?」
「うん、ありがとう!」
サーシアはメイドさんに連れられ、嬉しそうにリビングから出て行った。
◇
暫くすると、ドレスで着飾ったサーシアが戻って来た。
「お待たせー!」
『ドキッ!』
美しくなったサーシアの姿に、バロン殿下は目と口を開け見蕩れてしまった。
「サーシアちゃん、良く似合ってるわ。貴族のお嬢様みたいよ!」
「えへへっ!」
「サイズはどう?」
「少し大きいけどお姉さんが調整してくれて、『成長期だから、長く着れる』だって!」
「そうね。大き目のものを選んで良かったわ」
「うん!」
「サーシアちゃんに時間があれば、それを着てダンスやディナーを一緒にしようと思ってたのよ」
「ごめんなさい。ママ達が待ってるから」
「分かっているわ。今度は家族全員で来てちょうだいね」
「うん!」
サーシアはそれとなく、また来る約束をさせられてしまった。
「すみません。もうそろそろお暇したいのですが」
「えっ!」
僕の申し出に、バロン殿下が小さく声を上げた。
「バロン。これ以上引き止めたら、迷惑になるぞ」
「分かりました。お祖父様」
「バロン君、また今度ね!」
「あっ、ああ。またな」
バロン殿下は、名残り惜しそうに返事をした。
「バロン、それでおしまいなの?」
「母上?」
「サーシアちゃんに、ドレス姿の感想を伝えてないわよ」
『カーッ!』
ユミナの指摘に、バロン殿下は顔を赤くした。
そしてゆっくりと、サーシアに視線を向けた。
「サッ、サーシア。そのドレス、良く似合ってる。とっ、とても綺麗だ。今度来る時は、是非そのドレスを着て来てくれ」
「うん、ありがとう。次来る時は、ドレス着て来るよ!」
「良かったわね、バロン」
「はいっ!」
この時バロン殿下の表情は、笑顔に変わっていた。
「ねえ、パパ。このままドレス着て帰って良い? ママ達を驚かすの!」
「えっ、目立つぞっ!」
「パパ、お願ーい!」
「しょうがないなー。可愛いから許すよ」
「やったー!」
この後挨拶を済ませ、僕とサーシアはグルジット伯爵邸をお暇した。
◇
馬車で平民街に戻ると、ミーリア達を探した。
とは言っても、既に《地図》機能で足取りは掴めている。
「サーシア。ミーリア達を見付けた。声を掛けて来てくれないか?」
「パパ、もう見付けたの?!」
「ああ。ほら、あそこ」
ミーリア達は、衣料品店前で足を止めていた。
「本当だ。行って来るね!」
サーシアが馬車から降りると、人々の目を引き付けた。
しかしサーシアはそんな事を気にもせず、家族の元へ向かった。
「みんな、お待たせっ!」
「サーシア!」
「お姉ちゃん!」
「おねーちゃん、おひめさまみたーい!」
サーシアのドレス姿に、思惑通りみんな驚いた。
「そのドレス、どうしたの?」
「ソフィア様から、貰ったんだー!」
「そう、良かったわね!」
「良いなー、お姉ちゃんだけー」
「レコルも、ドレス着たかった?」
「違うよっ!」
サーシアの天然ボケ気味の発言を、レコルはすかさず否定した。
「エミリアも、ドレスきたーい!」
しかしそこに、エミリアが食い込んできた。
「じゃーエミリアが大きくなったら、このドレス譲ってあげる!」
「いやー、そんなにまてなーい!」
「我がまま言っても、無い物はしょうがないでしょ!」
「エミリアも、おひめさまになるー!」
「仕方ないわね。ママが作ってあげる」
「ホント?」
「本当よ」
「やったー!」
今の会話を聞いていて、『買えばいいのに』とか『錬金術で作れるのに』とか思ったが、ミーリアに一任する事にした。
「ところで、サーシア。料理の先生は務まったの?」
「うん。教えた人が料理長さんで、一回見ただけで覚えちゃうんだよ!」
「まあ、そんな凄い人に教えたの?」
「うん。ソフィア様が、今度は家族全員で来てだって!」
「まー、そうなの。貴族のお屋敷なんて、緊張しちゃうわ」
「サーは、大丈夫だよ!」
「いいわね、あなたは」
そんな平和な会話をしている家族に、近付く者達が現れた。




