第三十話 ミーリアのとんでも提案
バロン殿下達と海で過ごした日から、一週間が経った。
「おねーちゃんが行くなら、僕も行くっ!」
翌週サーシアと王都のグルジット邸に行く事が、レコルの耳に入ってしまった。
「でもな。招待されてもないのに、貴族の屋敷に連れて行けないだろ」
「お屋敷はいいから、王都に行きたいっ!」
「エミリアも、いくー!」
「なっ、エミリアもか?」
「ニコルちゃん。レコルとエミリアの面倒は私が見てるわ。みんなで王都へ行かない?」
「ミーリア達だけで、何かあったらどうするんだ?」
「王都の街って、そんなに危険なの?」
「危険という訳じゃ無いけど、悪人なんて何処に潜んでるか分からないから」
「だったら、僕がママとエミリアを守る!」
レコルが真剣な眼差しで、僕に訴えた。
「・・・・・はぁ、しょうがない。折角だから二・三日休みを取って、一緒に行くか」
「やったー!」
しかし、事体はこれだけでは収まらなかった。
「ニコルちゃん」
「ん?」
「もう直ぐ、《仕入れの旅》でしょ?」
「そうだな」
「どうせならエミリアも大きくなった事だし、みんなで旅に出るのも良いんじゃない? エステリア大公爵領って、王都の隣なんでしょ?」
ミーリアが、とんでもない提案をしてきた。
「あっ、ママ。それ僕、賛成っ!」
「サーも、賛成っ!」
「エミリアも、サンセー!」
今まで理由を付けて子供達から同行を断ってきたが、ミーリアが言い出すのは久し振りだった。
「本当はね、私もずっとニコルちゃんと旅がしたかったんだ!」
「そうだったのか? でも良いのか、仕事や学校を長く休む事になるぞ」
「パパの仕事は、僕が継ぐ。これも勉強のうちだよ!」
「レコル一人だと心配だから、サーも手伝う!」
「エミリアもー!」
「・・・・・・・・・・!」
僕は沈黙し、あれこれと考えた。
『仕事を継ぐ』という子供達の言葉は嬉しいが、フロリダ街が発展した今行商の旅に出る意味はあまりない。
それを子供達に、継がせる必要があるのか?
実際旅の間はダンジョンに籠って、食材や魔石を確保している事が多い。
行商の仕事を継ぐのであれば、エシャット村の農産物を近隣の街や村で売り、その資金で仕入をすると言うのが普通だ。
しかし僕は農産物を買取って、《亜空間収納》の肥やしにしてる。
まともでない僕の行動を、どう説明すれば良いか悩んだ。
「「ねー、パパ。良いでしょー!」」
ソファーに座る僕の横で、レコルとサーシアが腕を掴んでおねだりする。
「ニコルちゃんに、事情が有るのは分かるの。でも家族全員で旅に出れる機会なんて、そんなに無いと思うの」
「ミーリア・・・・・・・・・・」
「パパといっしょにいくー!」
悩んでいる僕に、エミリアが抱き付いてきた。
「分かった。今年は家族みんなで行こう」
「「「やったー!」」」
「みんな良かったわね」
「「「うんっ!」」」
王都に家族で二・三日どころか、《仕入れの旅》にまで同行する事になってしまった。
◇
更に一週間が経った。
その間ミーリアとサーシアは仕事の長期休暇を取り、レコルは夏休み後の休みの延長を申請した。
そして昨日はフロリダ街の店に寄って在庫の補充を済ませ、そのまま家族で保養所に泊まった。
今は丁度、《ダン防》に到着したところだ。
「パパ。サーが十三歳になったら、一緒にダンジョンだよ!」
「そうだな」
「パパ、僕もー!」
「分かってるよ」
「パパ、エミリアはー?」
「エミリアも、大きくなったらな」
「はーい!」
《亜空間ゲート》への案内看板を見付け、僕達は馬車でそちらに向かった。
するとそこは、厳重な壁に囲われていた。
壁の中に入るには、まず入場口で《亜空間ゲートの通行札》を購入する必要があった。
大人も子供も馬も車体も、皆一律《一万マネー》した。
但し《車体》は自分で運搬すれば、その料金は掛からなかった。
またシロンの様な動物は、抱えて通れる大きさであれば無料になった。
しかし魔物であるポムは、面倒事になりそうなのでショルダーバッグに隠した。
合計六万マネーを支払い、通行札と引き換えに僕達は入場した。
壁の中には《亜空間ゲート》専用の建物が増築され、兵士が配備されていた。
駐車場で馬車の切り離しを行い、準備の整った者からゲートのある建物に並ぶ段取りになっている。
僕達も準備を整え、その列に並んだ。
それ程待たず、僕達の順番がきた。
係員は僕達を見て、人数を確認した。
「人が五人と馬一頭だな。通行札は六枚だ」
「はい、通行札六枚です」
「良し、通って良いぞ」
「はい。さあみんな、先に行って」
「「「「はーい!」」」」
係員が扉を開くと家族を先に行かせ、僕はシャルロッテの手綱を引きながら《亜空間ゲート》を潜った。
◇
「わー、此処が王都なんだー!」
「大きな建物がいっぱいだねー!」
「綺麗な街ねー!」
《亜空間ゲート》を通り建物を出ると、貴族街の門の近くに出た。
僕は駐車場で魔法袋から馬車の車体を取り出し、シャルロッテに繋げた。
グルジット伯爵邸には昼の一時間前に行く事になっており、まだ時間に余裕がある。
「商業ギルドに、一軒家を借りに行こうか」
観光の為、王都には三泊する予定だ。
「一軒家なの? 王都だし高いんじゃない?」
「シャルロッテの事を考えるとね」
「そうよね。ごめんなさい」
《亜空間農場》の家に泊まる事もできたが、子供達の教育を考え、できるだけ常識的な行動をとろうと決めた。
ちなみに、《亜空間農場》の存在を子供達は知らない。
馬車に乗り込むと、《平民街用》の門から出て商業ギルドに向かった。




