第二十九話 バロン初めての海②
ユミナのお陰で、僕は難を逃れた。
テーブルには食材が並べられコンロの木炭には火が点き、バーベキューはいつでも始められる状態になっていた。
『ホッ!』とした僕は、『食事を始めましょう』と声を掛けようとした。
だがそんな僕を、ミーリアは見逃さなかった。
「ニコルちゃん。あまりユミナさんに、見蕩れないでね!」
「なっ、何の事かな?」
「そう、惚けるの? 今晩、ゆっくりお話しする必要がありそうね?!」
「そっ、そうかな?」
『くそっ! バロン殿下のせいで、とんだとばっちりを食ったじゃないかっ!』
そんな不満を思いつつも、バロン殿下やみんなに魚介やミノタウロスの肉を振る舞った。
◇
『美味しかった』と一同満足し昼食が終わり、早速クルーザーで出掛ける事になった。
「立派な船だわ!」
「流石、ニコル君ですね!」
「凄い・・・・・!」
「バロン君、早く乗ろう!」
「あっ、ああ」
想像の上をいくクルーザーを見て、バロン殿下は呆然とした。
そんなバロン殿下をサーシアが促し、クルーザーに乗り込んだ。
「ニコル君、中の装備も凄いわね。フカフカのソファーに、空調魔道具。涼しくて、とても快適だわ!」
「こちらのトロピカルジュースを飲んで、ゆっくり寛いでください」
「至れり尽くせりね」
良く冷えたトロピカルジュースを、みんなに配った。
「今日は日帰りなので時間はあまりありませんが、行きたい場所などございますか?」
「ニコル君に、任せるわ」
「それでしたら近くに海の綺麗な無人島がありますので、行ってみましょうか?」
「良いわね。ユミナちゃんも、それで良い?」
「私は構いません。バロンも良いわよね?」
「はい」
行き先が決まると僕は操舵室に入り、クルーザーを走らせた。
◇
暫くすると、子供達が甲板に出て海を眺め始めた。
「速いな。船はこんなに速く走れるものなのか?」
「へへーん。パパのクルーザーは、凄いだろ!」
レコルが、自慢気に言った。
「悔しいが、王家の船はこんなに速くない」
「バロン君は、どこで船に乗るの?」
今度はサーシアが、問い掛けた。
「湖や大河で、たまに乗る事がある」
「へー、そうなんだ。あっ、イルカだっ!」
他愛のない会話をしていると、クルーザーに並走しながら五匹のイルカが現れた。
「イルカ?」
「ほら、あそこ。跳ねながら泳いでる!」
「でかい魚だな?」
「形は似てるけど、魚じゃないんだって。パパは哺乳類って言ってた」
「あれが哺乳類なのか?」
「うん。それに頭が良くて、一緒に泳げるんだよ!」
「泳いだのか? あれと」
「大きいけど、噛んだりしないよ。人懐っこくて凄く可愛いんだ!」
「そうなのか?」
笑顔で話すサーシアに、バロンもイルカに興味を示し暫く観察した。
◇
クルーザーは一時間も掛からず、目的の無人島に到着した。
船着き場にクルーザーを停め、全員で船を降りた。
「エメラルドグリーンの海。本当に綺麗だわ!」
「ここは楽園か?!」
「ニコル君。素敵な場所に連れて来てくれて、ありがとう!」
「どういたしまして。ところで、ダイビングができるけどやる?」
「いえ、私は遠慮します」
ユミナはあまり、泳ぎが得意じゃなかった。
「母上、ダイビングって何ですか?」
「道具を身に付けて、海に潜って生物を観察するのよ」
「僕、やりたいです!」
「でもバロンって、泳げたかしら?」
「泳いだ事は、ありません」
「それじゃ、サーが教えてあげる!」
「良いのか?」
「うん!」
ダイビングに興味を示した子供達に、《水中メガネ》と《フィン》と改良してペンダント型にした《酸素吸入》の魔道具を装備させた。
勿論僕も、事故が無い様子供達を見守った。
◇
「バロン君、上手。初めてでこんなに泳げるなんて、凄いよ!」
「サーシアの教え方が、上手いんだ」
「これだけ泳げれば、あそこに行っても大丈夫かな?」
「あそこって、何処だ?」
「ダイビングスポット。足の着かない深い所なんだけど、綺麗な魚や珊瑚が沢山要るんだよ!」
「そんな場所があるのか? 是非見たいっ!」
『ザバッ!』
近くで様子を窺っていた僕に、サーシアが振り返った。
「ねー、パパ。連れてって!」
「そうだな。折角だし行こうか」
「やったー!」
時間が無いのでみんなでクルーザーへ乗り込み、ダイビングスポットへと向かった。
◇
ダイビングスポットへは、数分で到着した。
島など無く、ただ海だけ広がる場所だ。
『ゴクリッ!』
一人だけ沈む為のウエイトを身に付け、緊張のあまりバロン殿下は唾を飲み込んだ。
「バロン君、早く来なよ!」
戸惑っているバロン殿下を、海の中からレコルが急かした。
「分かってる。今、行く!」
「パパが要るから、大丈夫だよ」
『チラッ!』
『ニコッ!』
『ムッ!』
サーシアの言葉で一瞬僕を見るが、なんだか不服そうだ。
「サーも、いるよ」
「そうだな」
『カプッ!』
『・・・・・・・・・・ザブーン!』
バロン殿下はサーシアの言葉で意を決し、《酸素吸入》の魔道具を咥え海に飛び込んだ。
サーシアと僕も、それに続いた。
海に飛び込むと、バロン殿下は水中で固まっていた。
だがその表情は恐怖や緊張では無く、眼下に広がる色取り取りの魚や珊瑚礁に感動している様だ。
サーシアはバロン殿下の手首を掴み、その中へと誘った。
魚に囲まれ泳いでいると、一匹のイルカが現れた。
「キュイ、キュイ!」
いつも、何処からともなくやって来るイルカだ。
僕達に懐くので、名前を『クー』と付け呼んでいる。
『ガシッ!』
近付いて来たクーの背びれにレコルが掴まると、そのまま一緒に泳ぎ始めた。
若干九歳ながら、大したものだと思う。
そんなレコルとクーを、バロン殿下は驚きの表情を浮かべ見ていた。
サーシアが指で肩を突くと、バロン殿下は我に返りその後二人で楽しそうに泳いだ。
待っている人達が心配するといけないので、頃合いを見て水面に上がった。
◇
「母上っ、お祖母様っ! 海の中は幻想的で、とても感動しました!」
「良かったわね、バロン」
「私ももう少し若ければ、潜りたいのだけれど」
バロン殿下は興奮しながら、海の中の感想をユミナとソフィア様に報告した。
この日はこのまま海の保養所に引き返し、温泉宿まで同行しお開きとなった。




