第二十七話 エミリア初めての錬金術
サーシアをバロン殿下の元に送り届け、僕達家族は海の保養所に来ていた。
ニコル家専用の部屋に入ると、取り敢えず水着に着替えた。
また此方の管理は、役場で紹介された若い夫婦に任せている。
「ミーリア。船着き場に行って、クルーザーを出してくるよ」
「行ってらっしゃい!」
「パパ。クルーザーで、釣りしに行こうよっ!」
「約束したから連れて行くけど、お客さんが来るから長くは居られないぞ」
「分かった。だから、早く行こっ!」
「ちょっと待て。ミーリアとエミリアは、どうする?」
「アサリとりするー!」
「エミリアは、船に乗らないのか?」
「うん!」
「ニコルちゃん。エミリアとシロンは私が見てるから、レコルと行ってきて」
「すまない。念の為、ポムを置いてくよ。ポム!」
「モキュッ!」
僕が呼ぶと、ショルダーバッグから顔を出した。
『ピョン!』
そしてショルダーバッグから、自ら飛び出た。
「エミリアの面倒を頼む」
「モキュッ!」
ポムは触覚を伸ばし、《敬礼》のポーズをとった。
水場が得意なポムを残し、僕とレコルは釣りに出掛けた。
レコルはビギナーズラックで大物を釣り上げてから、釣りにハマった。
僕の方はというと、船上の暇潰しでやるくらいだ。
「レコル、何を釣りたいんだ?」
クルーザーに乗り込み、レコルのお目当ての魚を聞いた。
「大きな《鯛》!」
「鯛か。・・・・・良し!」
《地図》機能で鯛を検索し、クルーザーを走らせた。
◇
五分後。
「着いたぞ。ここなら、大きな鯛がいる」
「本当? パパ、釣竿!」
「はいはい!」
レコルに急かされ、疑似餌の付いたリール式の釣竿を手渡した。
これは《日本製の複製品》で、この世界には出回ってない代物である。
「大きいのを釣るぞー!」
レコルは意気込んで、針を海に投げ入れた。
僕はそんなレコルを眺め、のんびり過ごした。
一時間後。
「パパー。全然釣れないよー!」
「レコル。ビギナーズラックはいつまでも続かないぞ。釣りには《忍耐》が必要なんだ。愚痴を言ったところで、鯛は食い付かないからな!」
「そんなー。本当にこの下に鯛はいるのー?!」
「いるさ。疑うなら、パパが捕まえてきてやるよ」
釣るより捕まえた方が、断然早い。
僕は口に《酸素吸入》の魔道具を咥え、銛を手にした。
『ザブーン!』
そして海に飛び込んだ。
「パパッ!」
レコルはクルーザーに一人残され、途方に暮れた。
◇
『ズリュウーーーーー!』
僕は海に潜ると、《飛行属性魔法》を使い飛ぶ様に進んだ。
空中より水の抵抗で速度は落ちるが、充分な推進力が得られた。
『いたっ!』
《地図》機能を確認しながら潜ると、直ぐに複数の鯛を見付けられた。
僕は一匹の鯛を標的にし、そのまま突き進んだ。
『ズブッ!』
そして銛で突き刺し、七十センチ越えの鯛を仕留めた。
『やっぱ釣りより、こっちの方が楽だな』
レコルには『忍耐が必要』とか言っときながら、水中でそんな事を考えていた。
『序でに、ロブスターでも捕まえるか』
ふと海底の岩場を見ると、日本で言うところの伊勢エビがいた。
『シュル、シュル、シュル、シュル、シュル!』
《闇属性魔法》の《影腕》を伸ばし、次々と伊勢エビを捕まえた。
そして直ぐ様、網の袋に入れていった。
『こんなもんかな』
十匹捕まえたところで満足し、一旦クルーザーに戻る事にした。
◇
「ただいま、レコル」
「パパッ!」
「言った通り、鯛はいたぞ!」
そう言ってレコルに、鯛が突き刺さった銛を見せた。
「凄いよ。でも、パパ。海に潜って捕ってくるなんて反則だよ!」
「反則? 何でだ?」
「僕は、釣りをしてるんだ!」
「パパは鯛がいるか、証明しただけなんだが」
「それじゃ僕が、釣りが下手みたいじゃないか!」
「あー、それで突っ掛かってくるのか」
「くっ。パパ、釣りで勝負だ!」
「ごめん、また今度な。バロン殿下達が来る前に帰らないと」
「えー!」
「我が儘言うな!」
「じゃー、近い内に勝負だよ!」
「ああ、分かった」
釣り勝負で負けても痛くも痒くも無いのだが、早く帰る為に熱くなったレコルの言葉に頷いた。
◇
クルーザーを停め船着き場を歩いていると、砂浜にミーリア達の姿が見えた。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「アサリは採れた?」
「沢山、採れたわ。ポムが手伝ってくれたの!」
「そうか、良かったな。こっちも鯛とロブスターが捕れたよ」
「凄いわね。レコル、こんな大きな鯛を釣ったの?」
「違うよパパだよ。僕は一匹も釣れなかった」
「あら、残念」
「パパ。僕、もう一度釣りしてくる。釣竿貸して!」
「レコルは本当、負けず嫌いだな。気を付けろよ」
そう言って、《亜空間収納》から釣竿とバケツを出してやった。
「分かってる!」
レコルはそう言って、船着き場に走って行った。
「パパ、おかえりー!」
「ただいま、エミリア。アサリ捕りは止めて、砂遊びをしてたのか?」
エミリアの側には、砂の城が作られていた。
「うん! ポムのおしろをつくったの」
「上手にできたな」
「えへへ!」
「エミリア。波で壊れない様に、錬金術で固くしようか?」
「うん!」
僕は砂の城に、錬金術で《硬化》の《魔方陣》を刻印をした。
「エミリア。パパが手伝うから、この《魔法陣》に魔力を込めてごらん」
《硬化》の錬金術を完成させるには、魔法陣に魔力を込める必要があった。
それをエミリアに、体験させようという魂胆である。
僕なら《魔方陣》など必要無いのだが、今はエミリアの為に本来の手順を踏んでいる。
「うん、やるー!」
エミリアが《魔方陣》に両手を翳し、僕がその上に右手を添えた。
「エミリア。少しずつ、魔力を流すんだ」
「うん!」
エミリアは我が子ながら、《天才》なのかと思うくらい《魔力操作》が日々上達している。
そしてその《魔力操作》で魔力を込めて行くと、《魔方陣》が徐々に光り出した。
「ストップ!」
「わっ!」
「ごめんごめん。驚かせたな」
「だいじょうぶ」
適正な魔力量を込めないと、品質に影響してしまうのだ。
そして規定の魔力量を注いだ事で《魔方陣》が効力を発揮し、砂の城が淡い光に包まれた。
光は次第に薄れ、《魔方陣》と共に消えていった。
「エミリア、城を触ってごらん」
「はーい!」
エミリアはそっと、指先で砂の城をつついた。
「かたくなってるー!」
「成功だ。やったな!」
「うん!」
エミリアは満面の笑みを浮かべ、幼いながらも錬金術師としての第一歩を歩み始めた。




