第十七話 シロンの旅③
私は屋敷にいた悪党共の意識を奪うと、耳を澄ました。
「んーんー!」
「マーサは二階ニャ!」
『タッ、タッ、タッ、タッ、タッ!』
呻き声が聞こえ、私は階段を駆け上がった。
「この部屋ニャ!」
『スー!』
捉えられている部屋を特定すると、私は《壁抜け》スキルで扉を擦り抜けた。
するとそこには、手足を縛られ目隠しと猿轡をされたマーサが横たわっていた。
私は爪に《雷刃》を纏わせ、足・手・口の順で縛っている縄を切っていった。
「えっ、誰っ?!」
「ニャー!」
「猫の鳴き声?!」
マーサは残った目隠しを、自分の手で外した。
「ニャー!」
「ミルク? あなたミルクなのね! 会いたかったー!」
マーサは嬉しそうに私を抱きかかえ、頬擦りをした。
そして、部屋を見渡した。
「あれっ、誰もいない。誰が縄を切ってくれたの?」
人がいない事に、マーサは奇妙な感覚に陥った。
「ニャー!」
「あっ、そうだ。逃げないと!」
鳴き声を聞き我に帰ると、マーサは私を抱え恐る恐る部屋を出た。
そして階段を下りると、一階の廊下に男達が倒れていた。
「えっ! 死んでる? でも、血は出てないみたい」
勇気を出して玄関へ向かうと、リビングにも男達が倒れているのが窺えた。
「一体、誰が?」
マーサは周りを見渡したが、それらしい人物は見当たらなかった。
そして、私に視線を移した。
「まさか、ミルクが倒したの?」
「ニャー?」
私は鳴きながら、あざとく首を傾けた。
「可愛いっ。でも、そんな筈無いわよね!」
マーサは警戒しながら玄関に到着し、外に出る事に成功した。
「この馬車、借りちゃって良いよね?」
そう呟きながら、マーサは御者台に座った。
馬車の扱いは、父親との旅で慣れている。
「兎に角、広い通りに出なくっちゃ!」
私を横に座らせると、マーサは馬車を走らせた。
◇
「あっ、この道知ってる!」
マーサは家に帰れる安心感から、笑みを浮かべた。
「でもミルク、どうしてあんな場所にいたの?」
「ニャー?」
私は再び、あざとく首を傾げた。
「ミルクもあの人達に、捕まったのかな?」
「ニャー!」
「でも良かった。ミルクにまた会えて。今度は逃げないでね」
「・・・・・!」
私はその言葉に、返事を返す事ができなかった。
◇
暫くすると、馬車はマーサの自宅に到着した。
すると玄関前で、母親が待ち構えていた。
「マーサ、探したんだよ! 一体、何処に行ってたんだい?! それにその馬車、どうしたのさ?!」
「ミルクを探してたら、男の人達に誘拐されたの。馬車は逃げるのに、借りちゃった」
「誘拐っ?!!」
母親は血の気が引き、へたり込んでしまった。
「お母さん!」
「良かったよー、無事で。何もされてないかい?!」
母親は座り込んだまま、顔を上げマーサに語り掛けた。
「うん、大丈夫」
「どうやって、逃げて来たのさ?!」
「誰かが、助けてくれたの」
「誰かって、その人はどうしたんだい?」
「手足と口の縄を切ってくれて、私が自分で目隠しを外すといなくなってたの。でも十人以上の人を、倒してくれたんだよ!」
「何だいそりゃ。不思議な話しだね?!」
「不思議と言えば、目隠しを外したら目の前にミルクがいたの!」
「ミルクって、マーサが連れて来た子猫かい?」
「うん。あれっ、ミルクは?!」
「母さんは、見てないよ」
「ミルク、何処にいるの?!」
マーサは、馬車の中や周りを探した。
しかし、見付からなかった。
私はこっそり馬車から降り、隠れていた。
「ミルクー! 出ておいでー!」
するとマーサは、また私を探しに行こうとした。
「マーサ、行っちゃ駄目だよ! また誘拐されたら、どうすんだい?!」
「でも・・・・・」
「あんたを探しに行ったお父さんが帰って来たら、一緒に行きな」
「うん」
マーサは渋々、母親の言う事に従った。
◇
父親が帰って来て事情を説明しても、ミルクを探しに行く事にはならなかった。
「ミルクは後回しだ。衛兵の所へ行くぞ!」
「嫌っ! ミルクを探しに行くっ!」
「また誰かが拐われたら、どうする?! それがカイルって事も、有り得るんだぞ!」
母親に抱き付くカイルに、マーサは視線を移した。
「・・・分かった」
この後親子は、衛兵を引き連れ悪党共を捕まえに行く事となった。
マーサは、その道案内役を務めた。
屋敷に到着すると、誘拐犯達は意識を取り戻していた。
しかし体の自由が利かず、全員捕らえる事ができた。
「ミルク、何処行っちゃったの?」
帰宅後ミルクを探したが、見付ける事はできなかった。
◇
二日後、私は国境を越えエステリア王国に入国した。
そして、とある十字路に差し掛かった。
「ここからは、南ニャ。真っ直ぐ行ったら、いずれ魔物の巣窟ニャ」
私は馬車を飛び降り、進路を変えた。
「南へ行く馬車、来ないかニャ?」
「ピキャーーー!」
『バサッ、バサッ、バサッ!』
馬車を待ちながら歩く私を、鷹が襲った。
「ニャー!」
『バシッ!』
私はその気配に気付き、猫パンチで応酬した。
すると鷹は、一発で伸びてしまった。
「ニャー!『起きるニャ!』」
私は鷹の背に乗って、ひっぱたいた。
「ピキャー!『いってー!』」
「ニャニャニャー、ニャニャ!『大人しくしないと、殺すニャ!』」
「ピー、ピキャー。ピキャピキャー!『ヒー、分かった。言う事を聞くー!』」
「ニャーニャニャ、ニャニャーニャ!『このまま飛んで、南に行くニャ!』」
「ピキャピキャピキャー、ピキャピキャピキャ!『お前が子猫だからって、飛べる訳無いだろ!』」
「ニャニャニャ?『嘘じゃないニャ?』」
私は《雷刃》を、首元に近付けた。
「ピキャー!『本当ですー!』」
「ニャニャニャーニャ!『使えない奴ニャ!』」
「ピキャー!『許してー!』」
「ニャニャーニャニャ!『もう行っていいニャ!』」
そう言って、私は鷹の背から飛び下りた。
『バサッ、バサッ、バサッ!』
「ピキャーーー!!『助かったーーー!!』」
鷹は慌てて、飛んで逃げた。
「やっぱり、地道に行くしかないニャ」
私はそう呟きながら、南に向かって歩いた。




