第十話 フロリダ街の視察③
視察団一行はニコルの店を出て、再び繁華街を練り歩いた。
「良い匂いが、あちこちから漂ってくる!」
「お昼も近い事ですし、《食事処》へ参りましょうか? 陛下はどの様な料理を御所望ですか?」
「王都では食べられぬ新鮮な《海の幸》が良い!」
「分かりました。御用意致します」
「うむ」
「グルジット殿。私は先に打合せした食事処へ参りますので、皆さんの案内を頼みます」
「分かった。任せてくれ」
時間の掛かる料理もあるので、リートガルドは一足先に食事処へメニューの変更を伝えに行った。
◇
視察団一行が食事処に到着し暫くすると、テーブルに次々と料理が並んだ。
「「「「「「「「「「おー、美味しそうだ!」」」」」」」」」」
「皆様、お待たせしました。海の幸を使った料理をメインに、御用意致しました。どうぞ召し上がって下さい!」
「リートガルド男爵。この色鮮やかな米料理は、何と言うのだ?」
「はい、陛下。魚介の《パエリア》と申します」
「パエリアか。良し、これから食してみよう!」
店員が皿に取り分け、一同はスプーンで口に運んだ。
「「「「「「「「「「おっ、美味しい!」」」」」」」」」」
ドナルド国王だけでなく、視察の貴族達もその美味しさに唸りをあげた。
「魚介と野菜の旨味が米に染み込み、何とも堪らん!」
「焦げがパリッとして、香ばしくて更に旨いぞ!」
「リートガルド男爵。この鮮やかな米の色は、どうやってつけているのだ?」
「はい、陛下。《サフラン》という希少な香辛料を使っております。魚介の生臭さを消す役目をしてます」
「ほー、サフランと言うのだな」
「パエリアは、気に入っていただけましたか?」
「うむ、気に入った!」
「此方の《ブイヤベース》も、一緒にご賞味下さい」
「スープか。良し!」
『ゴクンッ!』
「美味しい! 魚介の旨味とトマトの酸味が良く合う」
「ありがとうございます」
「この魚は?」
「《鯛》と申します。バターと醤油を使ったソテーにしてあります」
「バターと醤油の、良い匂いがするな」
『パクッ!』
「美味しい! 歯応えがあって、甘味とコクがある」
「流石、陛下。分かってらっしゃる!」
視察団一行は、こうして海の幸を堪能した。
◇
食事の後は、海の方面へ視察に向かった。
「このトンネル随分長いが、工事は大変だったであろう?」
「そっ、そうですね」
ニコル一人の力で二週間程で開通したのだが、本当の事を言えず思わずそう答えてしまった。
「外の明かりが見えました!」
その時、御者から声が掛かった。
「陛下。もう少しでトンネルを抜けますよ」
リートガルドは、嘘を誤魔化す様に言った。
「うむ!」
ドナルド国王はそんな事を気にせず、初めての海に期待を膨らませていた。
そして馬車は、トンネルを抜けた。
「おっ、大きい! これが海っ!」
トンネルの出口からは、広大な海が見渡せた。
窓から覗き込むドナルド国王の目は、輝いていた。
「ほっほ、気に入った様じゃな?」
馬車の中の人物達は気兼ねしなくて良い仲なので、エドワードはドナルド国王を曾孫として接した。
「はい、大祖父様。これ程大きいとは、思いませんでした!」
「海は我々がいるこの大地より、広いと言われておるのじゃぞ」
「それでは、魚も星の数程いるのですね」
「そうじゃ。この視察が上手くいけば、王都でも毎日海の幸が食べられるぞ!」
「それは楽しみです!」
馬車は通りを進み、《漁港》を目指した。
◇
「これが、《漁船》?」
「はい。魚を捕獲する設備を有しております」
「どうやって、魚を捕るのだ?」
「今は《定置網漁》が主流です」
「定置網漁?」
「大きな網を海に仕掛け、そこに飛び込んだ魚を大量に捕まえるのです」
「それは凄いな!」
「波打ち際や浅瀬の砂を堀って貝を捕まえたり、海に潜ってエビやタコ等を捕まえる者もいます」
「それは何とも楽しそうだ!」
「そうですね。しかし思った以上に、体力のいる仕事ですよ」
「陛下。我々が普段当たり前の様に食べている物は、多くの民が汗水流してもたらしたものなのですじゃ。決して楽な事では無いのですじゃよ」
「そうでしたか。大祖父様!」
エドワードはドナルド国王に、食料を得る事の大変さを学んで欲しかった。
「船から水揚げされた魚は、一度あそこにある《水産工場》へ運ばれます。そこで氷の入った木箱に詰めたり、干物に加工します」
「大量の魚に対応できる《製氷》の魔道具まであるのかね?」
視察団の貴族が尋ねた。
「はい、御座います」
製氷の魔道具はニコルから手に入れた代物で、フロリダ街にある魔道具工房の技術では決して作れなかった。
「鮮度のある内に、魚介類は完売できるのか?」
「トンネルの向こうの《鮮魚店》にも、製氷の魔道具は設置されてます。それに大漁の時には《冷凍倉庫》もあり、長期保存も可能です」
「そんな大層な魔道具まであるのか?!」
「はい」
この倉庫もニコルの手によるもので、倉庫がいっぱいになりそうな時にはニコルが纏めて買い取っている。
◇
一行は水産工場を視察した後、《塩工場》も訪れた。
「この周辺には、《塩田》が見当たらぬな?」
エドワードが気付き、質問した。
「お気付きになられましたか」
「何か訳があるのじゃな?」
「はい。確かに塩作りを始めた当初、塩田はありました。しかし今は海水から《塩の結晶》を抽出する魔道具を手に入れ、使われなくなりました」
「何じゃと! そんな画期的な物まであるのか?!」
その魔道具は直径十センチの円柱で、長さは一メートルである。
海水の入った水槽に立てておくと塩分が集まって濃度が濃くなり、結晶化して沈殿する仕組みである。
水槽にも塩の結晶を回収しやすい仕掛けがされていて、それを鍋に入れ魔道具のコンロで水分を飛ばせば塩が完成する。
海水を汲む作業も魔道具の《ポンプ》が使われ、人員も時間も大幅に削減された。
これらは全て、ニコルの手によるものだった。
一行はこの後も視察を続け、夜は《温泉宿》で温泉と食事を満喫し視察を終えた。




