第九話 フロリダ街の視察②
明けまして、おめでとうございます。
視察団一行は、《ダンジョン防衛施設》の運営や安全面を一通り確認して回った。
「いや、実に旨い」
「やはり《モーモ》は、最高ですな」
「私は《メローン》の方が、好みです」
「何を仰る。《マースカット》の方が美味ですぞ!」
そして視察の終わりに、ダンジョン産のフルーツに舌鼓を打っていた。
「陛下。《亜空間ゲート》の設置場所は、王国兵士が常駐している此方の施設の予定です」
マイク・グルジットが、ドナルド国王に説明した。
「うむ。良いと思うぞ!」
「ありがとうございます」
グレン・ラングレイによる《根回し》で、視察は既に形だけのものになっていた。
「陛下。次は繁華街を、歩いて視察いたします」
「リートガルド男爵。私が繁華街に姿を現せば、騒ぎになるのではないか?」
「我々がついておりますので、御安心下さい。この街は食事処や屋台の食べ物が売りでして、昼食に店を確保して御座います」
「それは良い。馬車の中から見ていて、実は気になっていたのだ!」
一行は徒歩で、繁華街へ向かった。
◇
ドナルドの計らいで、人々には普段通り過ごすよう触れ回られた。
「賑やかで、活気のある街だ!」
「そうですな、陛下」
ドナルド国王に並んで歩く、エドワードが答えた。
皆の手前、曾孫としてではなく国王として接している。
「ですが今見て回った武器や防具、魔法道具に魔法薬、何れも我が領地の方が上ですな」
「何を言っておるアルフォンス。まだ開拓から、十数年しか経っておらんのじゃ。それを考えれば、素晴らしい発展じゃぞ」
「・・・・・確かに。そうですね」
「逆に言えば、ノーステリアの商品を売り込むチャンスであろう」
「流石に父上は、抜け目が無いですね」
そんな会話をしながら歩いていると、エドワードの目に一軒の店が飛び込んで来た。
「何じゃこの店は? 見た事も無い大きさのガラスが、扉や窓にふんだんに使われておる!」
「「「「「「「「「「ざわざわざわ・・・・・!」」」」」」」」」」
視察の貴族達も気付き、ざわつき始めた。
「此方の店では、ガラス窓の販売をしております。この街の隠れた特産品です」
「隠れた特産品じゃと! この店で作っておるのか?!」
「いいえ。こちらでは販売のみです。製造に関しては、店主しか知りません」
リートガルドはニコルが錬金術で作っている事を知っていたが、その事は伏せた。
「父上。ここのガラス窓の技術は、我が家の工房の上をいっているのでは?!」
「分かっておる。この作り、まるで・・・・・」
エドワードは、嘗て《日本》で見たガラス窓を思い浮かべていた。
「お二人共。大きな声じゃ言えませんが、此処はニコル君の店です」
「そうじゃったか!」
「なんと!」
驚いているエドワードとアルフォンスに、グルジットが耳打ちした。
一行はガラス窓に興味を引かれ、店に立ち寄った。
◇
「「「いらっしゃいませ!」」」
「おや? 店に並んでいるのは、ガラス窓ではないな」
「ああ。こちらはもう一つの特産品、トイレットペーパーです。用を足した後、尻を拭く紙です」
貴族の問いに、リートガルドが答えた。
「尻拭き紙か。店員よ、一つ見せてくれんか?!」
「どうぞ」
ダニーが、答えた。
「何だこれはっ! 柔らかくて肌触りが実に良い。それに、仄かに薔薇の香りがする!」
「本当か? どれ、私も」
同行した貴族達が、手に取って確かめ始めた。
「おー、凄い!」
「なんと!」
「これは、買って帰らねば!」
すると皆、驚きの声を上げた。
「父上。この商品も、我が家の工房の上をいっています!」
「そうじゃな。流石、あやつの店じゃ」
「これ等が流通しだしたら、みんな取って変わられますよ!」
「しょうがあるまい。それが商売の摂理じゃ。人はより良い物を欲する。ならば更に良い物を作るまでじゃ」
「我々にできますかね?」
「アルフォンスよ。何事も、諦めたらそこで終わりじゃ!」
「そうでした。父上っ!」
二人はニコルの商品に、対抗心を燃やした。
◇
一行はトイレットペーパーを見終わると、店の奥のガラス窓の見本を見に行った。
「「「「「素晴らしい!」」」」」
「だが、かなりの高額だ。これで直ぐに割れてしまってはしょうがあるまい。店員よ、ガラスの《強度》はどうなんだ?!」
「そうですね。大きな石を投げつけても、滅多な事では割れません」
「本当か?!」
「はい」
「では兵士に、剣で切りつけさせても良いか?」
「はい。構いません」
今までも、こういった客はいた。
しかし、割れた事は一度も無かった。
貴族の指示で二人の兵士がガラス窓を抱え、一人が剣を構えた。
『ガイーン!』
「「「「「「「「「「おー!」」」」」」」」」」
「もっとだ!」
「はっ!」
『ガイーン! ガイーン! ガイーン! ガイーン! ガイーン!』
「止めっ! 止めだ!」
「はっ!」
「「「「「「「「「「凄い!」」」」」」」」」」
「このガラスに、強度が充分ある事は認めよう!」
「ありがとうございます」
問いを投げ掛けた貴族は、素直にその品質を認めた。
「一体このガラスを、どうやって作っているのだ?」
「すみません。製法に関しては《店主》しか知りません。それに秘匿にしております」
「それでは、店主は何処におるのだ?」
「隣の村におります。今は二週間に一度しか、店に来ません」
「むっ、そうか」
「ギムレット侯爵。店主に会って、どうする気じゃ?」
「エッ、エドワード殿。いや、その、つまり、・・・・・何でもありません」
「そうか、それなら良いんじゃ」
ニコルに接触しようとした貴族に、エドワードは釘を刺した。




