第十九話 二つの嵐
午後からの露店の準備をしていると、ダニエル商会支店長のメゾネフさんにばったり会った。
「ニコルさんじゃないですか。露店も開いてるんですか? ちょっと商品を見て行っていいですか?」
「あっ、メゾネフさん。どうぞ見て行ってください」
僕が高額商品のガラスの置物を並べていくと、メゾネフさんの顔付きが変わった。
「ニコルさん。こっ、これは。いえ、この商品をうちの店で扱わせて貰えないですか?」
「えっ!」
「これらの商品は素晴らしい。貴族街で確実に売れますよ。是非、ダニエル商会で扱わせていただきたい」
「ちょっと待ってください。えーと、明日お店に覗いますのでその時お話ししましょう」
「そうでね。今は商売の御邪魔になりますね。分かりました。明日お待ちしてます。絶対来てくださいよ。できれば、売らないで取っておいてくださいね」
「はい。ちゃんと伺います、安心してください。けど、売れてしまったら御免なさい」
「そんなー」
「大丈夫ですよ。同じものはありますから」
「そうですか。ニコルさんは、意地悪ですね」
そうしてメゾネフさんは、少し興奮気味に去っていった。
そして、次の嵐がすぐにやって来た。
いきなり突き飛ばし、いちゃもんをつけてきた。
実は《危機感知》スキルが働いたが、見た目が貴族なので素直に突き飛ばされてみた。
「おい、お前。行商人風情が、伯爵令嬢に色目を使ってるそうだな。虫けらめ!」
「???」
「なんだ虫けら! 口も利けんのか」
「・・・」
「無視か。子爵家嫡男の私に対して無視なのか!」
「いえいえ、無視だなんてとんでもない。突然の事で呆気に取られていただけです」
「そうか、やっと口が利けるようになったか虫けら。じゃあ、牢獄でゆっくり聴こうじゃないか。お前ら、連れて行け!」
子爵家嫡男は、後ろに従えた屈強な従者二人に命令した。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ。僕は何もしてませんよ」
僕は捕まるか逃げるか一瞬の間に考え、逃げる方を選んだ。
商品と台をまとめて魔法袋にしまった。その間わずか一.五秒。
僕は間一髪で、従者二人を交わし逃げ出した。
いつまでも追いかけられて目立つのも嫌なので、人のいない路地に入って借家へ転移した。
「あー、何か大変な事になった。これじゃもう露店なんて開けないよ」
「今日の女性客に伯爵令嬢がいたのかな?」
「とんだ濡れ衣だ。普通に接客してただけなのに」
「繁華街にも行き辛くなったよ」
「まさか、この場所まで嗅ぎつけて来ないよな?」
「明日は、メゾネフさんと約束があるんだ。何も無ければいいんけど」
「さて、この後どうしよう。このまま引き下がるのも癪だ」
僕は少し時間を置いて、繁華街へと転移した。
貧乏に育ったせいか、せっかく一万マネーも出して借りたのに、勿体無くなったのである。
辺りを見渡すと、貴族の子息と従者はすでにいなかった。
「よし、いないな。まさかやつらも、直ぐに戻ってくるとは思わないだろう」
今日一日場所代の元を取る為、リスク覚悟でもう一度店を出す事にした。
明日以降の事は、今日を乗り切ってから考える事にする。
高額品は午前中売れなかったので、安い品だけを並べた。
すると間も無く若い女性が店を囲んで、売れ行きも良好であった。
一応子爵家嫡男が来たら、直ぐに逃げる準備はしていたが、その日は現れる事は無かった。




