第三十八話 ユミナの用件
ラングレイ伯爵家からグルジット伯爵家は、シャルロッテの早足で四日程掛かる。
しかし僕達は寄り道して時間を潰しながら、《転移》を使い四日後に目的地に到着した。
「「ニコル君、いらっしゃい!」」
「お久しぶりです」
僕はグルジット伯爵家で、ソフィア様とユミナに迎えられた。
ソフィア様も最初から約束など無かったかの様に、僕と対面し買い物を楽しんだ。
「この時が、とても待ち遠しかったわー!」
「恐縮です。ところで今日は、お二人ですか?」
前回は、跡継ぎの嫁やその子供達もいた。
「そうなの。今日はみんな屋敷にいないのよ。バロンはお勉強中ですけどね」
《王位継承権第一位》であるバロン君は、ノーステリア大公爵領へは行かずユミナと共にこの領地に身を置いていた。
「それでは早速、店を出しますね」
「ニコル君、そんなに急がなくてもいいのよ」
「いえいえ。伯爵様とのお約束がありますので」
「そうなのー?」
僕は広いロビーを借りて、プレハブの店を出した。
◇
二人の買い物は、二時間程で終わった。
「ニコル君、お話しがあります」
「何かな?」
「お母様。少し二人切りで、宜しいですか?」
「えっ、ええ。良いわよ」
「ありがとうございます」
僕はユミナに、応接室へ連れて行かれた。
『パタンッ!』
そしてメイドがお茶を用意し、部屋を出て行った。
「ニコル君。私、ずっと思っていた事があります!」
『ドキッ!』
僕はその真剣な眼差しに、一瞬うろたえた。
「何?」
「彷徨っている人達を、楽にさせてあげたいんです」
「えっ! それって、魔素でゾンビになってしまった人達の事だよね?」
「はい!」
僕はユミナの用件を、勘違いしてしまった。
少し、自惚れていたようだ。
「ユミナの気持ちは分かるけど、今回の件で死者は百八十万人もいるんだ。全員となると大変な事だよ」
「ニコル君の力でもですか?」
「僕の事、買い被り過ぎだよ」
「そうですか」
ユミナは、凄く気落ちしてしまった。
「だけどユミナの親族である王太子殿下や国王陛下、その他の王族の方達なら何とかしようか?」
「本当ですか? でも・・・・・」
「どうしかした?」
「私の身内ばかりで、良いんでしょうか?」
「相手は王族なんだし、特別だよ」
「それなら、私も連れて行って下さい!」
「えっ! いやいや、それは無理だよ」
「私の手で、弔ってあげたいんです!」
「君は王族だよ。連れて行く訳にはいかない!」
気持ちは分からないでもないが、『お願い!』が発動しても断るつもりだ。
◇
「バロン様、駄目です!」
「うるさい!」
話しが途切れたところで、部屋の外から声がした。
『バンッ!』
「母上っ!」
「バロン、来客中ですよ!」
「知ってます。だから、来たのです!」
「バロン様、心配しなくていいですよ。私はもうお暇します」
「そんな事言って、二人きりになって母上を誘惑してないだろうな?!」
「してませんよ」
『ニコッ!』
「くっ、そのニヤついた顔の事を言ってるんだ!」
「バロンッ!」
僕はバロン君に、相当警戒されていた。
「どうやらバロン様は、私が何をしても気にくわないようですね」
「フンッ!」
「そうですか分かりました。邪魔者は、失礼させていただきます」
僕はソファーから、立ち上がった。
「まっ、待て。サーシアは元気か?」
「ええ、元気にしてますよ。何か伝えますか?」
「必要無い。元気ならそれでいい」
「そうですか。それでは、失礼致します」
僕は逃げる様に、グルジット伯爵邸をお暇した。
◇
旅の当初の目的は済んだが、新たに二つの用事を抱えてしまった。
「用事は全部済んだから、ダンジョンに行けるニャ!」
「いや、予定変更だ。王都へ行く」
「えー、何でニャー?!」
「頼まれ事があってな」
「それって、ユミナの頼みニャ?」
「そうだけど、前ノーステリア大公爵からも用事を頼まれた」
「大公爵は兎も角、ご主人はユミナに甘いニャ!」
「そう言うなよ。断れない相手っているだろ」
「それって、美人で巨乳の事ニャ?!」
「それは関係無いから!」
「怪しいニャー!」
シロンが、ジト目で見てきた。
「ユミナから『彷徨っている人達を楽にさせてあげたい』と、言われたんだ」
「どういう事ニャ?」
「『ゾンビから、普通の屍に戻してやりたい』という事なんだろうな」
「ユミナらしいニャ」
「しかし僕は数の多さから、『無理だ』と切り捨ててしまった」
「ご主人が全部、背負う必要無いニャ!」
「結局ユミナの身内である王族だけは、屍に戻すと約束してきた」
「ご主人は、やっぱりユミナに甘いニャ!」
「もしかしてユミナは、自分達だけ助かった事に負い目を感じてるのかもしれない。僕の選択の結果なのにな」
「ご主人は悪くないニャ! 悪いのは勇者達ニャ!」
「でもな。十年以上前、ガーランド帝国で命を奪っておかなかったのも僕だ」
「人の命を奪うなんて、簡単にできる事じゃないニャ。未来の事なんて、分かる筈ないニャ!」
「シロン、ありがとな。僕の事を擁護してくれて」
そう言って、御者台の僕の横にいるシロンを撫でてやった。
「フニャー!」
シロンは気持ち良さそうに、声を上げた。
「でも、百八十万人かー」
「ご主人。もしかして、気が変わったニャ?」
「いや。もしやるとしたら、どれだけ時間が掛かるかなーと思ってな」
「一日や二日じゃ無理ニャ!」
「そうだよなー。それに、屍をそのままにはできないし」
「確かにそれは、忍びないニャ」
「これだけの数を埋葬するには、領主の許可が必要だろうな」
「《無人島》なら、気兼ねする事ないニャ!」
「そうか、無人島かー」
「ご主人。良い案を出したご褒美に、また撫でてニャ!」
「少しだけだぞ」
『ナデ、ナデ!』
「フニャー、気持ち良いニャー!」
「コケー!」
「モキュッ!」
「ヒヒーン、ヒヒーン!『シロンばかり、ズルいですー』」
「おいおい、今は操車中だぞ。大人しくしてくれ!」
シロンだけ撫でたせいで、みんなに焼餅を焼かれてしまった。
この日は馬車の旅を続け、翌日王都へ行く事にした。




