第三十五話 戴冠式と叙爵式
2021/11/05 一部内容の修正をしました。
グルジット伯爵邸に《転移》し、《亜空間ゲート》の回収を済ませた。
『シーン!』
辺りは静まりかえり、不気味さを感じる。
しかし《結界》の外には、数多くの魔物が徘徊していた。
「残す問題は、プラーク街の別荘か」
現状のままだと、王都から移り住んだ人達が《結界》を通り抜けできてしまう。
最悪、家を荒される危険もある。
僕は別荘に移動し、《結界》の設定を直した。
対象を、今から《結界》を出る人や動物のみにした。
幸いにも、エシャット村からこの街に訪れている人はいなかった。
「《亜空間ゲート》の存在が、公になってしまったな」
僕は先の事を心配しながらも、フロリダ村の《影分身》と入れ替わった。
◇
伯爵達はノーステリア大公爵領の領都に到着し、領主城を訪れた。
「おお、グレン殿にマイク殿、ユミナ殿下にバロン殿下、エマさんにソフィアさん、無事で良かった!」
「一度、死に掛けたがな」
「運が良かったのだ」
現ノーステリア大公爵にとって、二人は良い兄貴分だった。
「噂は聞いている。プラーク街に、大勢移住したと」
「そうか、耳に入っていたか」
「大規模な《結界》張られたとか。まさか、マイク殿が張ったのか?」
「いいや、私には無理だ」
「では誰が?」
「ヤマトだ」
「ヤマト?! もしや、《黄橙色の鎧の英雄》殿か?」
「ああ」
「彼は何も告げず、この領地に三万を越える人を送りつけた。お陰で大変苦労しているよ」
「フッ! お前も苦労したんだな」
「だがエリーシアとドナルドとメラニアを救ってくれた事に、大変感謝している」
「そうか、それは良かった!」
一行は、領主城に暫く滞在する事となった。
その間、今回の大惨事の経緯や王位継承について話しがなされた。
◇◇
八ヶ月が過ぎ、ダンジョンの大爆発からは一年が経った。
ノーステリア大公爵領では、《戴冠式》が執り行われた。
国王の座に就いたのは、アリーシアの長男で八歳になった《ドナルド》である。
相談役に曾祖父である前ノーステリア大公爵のエドワードが就く事で、話しが纏まった。
この領地を王都にする案もあったが、ノーステリア大公爵家が無くなる訳ではないので、今は政治を行う仮の王都として扱われている。
また今回の件で、多くの貴族家が数を減らした。
そんな理由もあり、同時に《叙爵式》も執り行われた。
フロリダ村村長のイアン・リートガルドは、今回《男爵》に叙爵された。
その功績はゼロから始めた村の開拓を、七千人規模の《街》に成長させた事が挙げられた。
ちなみに伯爵である父親は、今も健在である。
《反逆罪》の件以来、王都で要職に就いていなかった事が幸いした。
そしてイアンの叙爵を期に、長男に家督を譲る事となった。
今は全ての式が終わり、祝賀パーティーの最中である。
「俺が《伯爵》って、何でだよ!」
「貴族の数が減ったのだ。しょうがなかろう」
この会話をしているのは、《光の英雄》アレンと前ノーステリア大公爵エドワードである。
「家名まで、勝手に付けやがって!」
「《アレン・ライト》、気にいらなかったか?」
「うっせー! そんで与えられた領地には、魔物がうじゃうじゃじゃねーか!」
「お主なら魔物を討伐し、復興できると思ってな」
「馬鹿言うな! うちには小さい子供がいるんだぞ!」
「チッ! うるさい奴じゃわい」
「じじぃ、舌打ちしてんじゃねー!」
アレンは相手が目上の者だろうが、遠慮は無かった。
「それはそうと、王城の宝物庫や国の予算の入った大金庫の中身を何とか運び出せぬか?」
「はあー?!」
「放ってはおけまい」
「そりゃそうだろうよ」
「それに王都には、今回の件で滅んだ貴族家や住民達の財産が眠っておる」
「そっちまで、手を出す気か?」
「復興の資金にしたい」
「チッ! 簡単に言うが、どんだけ大変か分かってんのか?」
「だから、お主に頼んでおる。兵士を大勢出したところで、どれだけ帰ってこれるか分からん」
「俺なら死んでも良いと、言うんだな?」
「お主を倒せるとしたら、《魔王》か《古のドラゴン》くらいだろうよ」
「魔王やドラゴンに会った事は無いが、人間にも俺を倒せる奴はいるぞ」
「誰だ?」
「ニコルだ」
「おー、確かに奴のステータスは凄かった!」
「あれから十年以上経つ。更に成長してるだろうよ」
「ニコルに、協力して貰えんだろうか?」
「確かあん時、『利用しない』と約束したよな?」
「そうだったか? 覚えとらんのー」
「このクソタヌキが!」
実はエドワードは、この事をちゃんと覚えていた。
「それでニコルは、何処に住んでおるのだ?」
「ふん。確かリートガルド伯爵領のエシャット村って言ってたな」
「リートガルド伯爵領と言えば、この国の南端じゃ。ここからでは、遠いーのー。お主行って交渉してこい」
「やだね」
「チッ! こ奴は、いちいち反抗しよる!」
「そう言えばうちの嫁が、三ヶ月に一度ニコルが実家にやって来るって言ってたな」
「何っ!」
「行商で、色々と売りに来るそうだ」
「行商? 今度、いつ来るか分かるか?」
「さあな」
「それなら、今直ぐ確認してこい」
「やだね。自分で聞いてくればいい」
祝賀パーティーの会場には、エミリやラングレイ伯爵夫妻も来ていた。
「良し。行ってくる」
こうしてエドワードは、ニコルを巻き込もうとしていた。




