第三十三話 落としどころ
「グルジット伯爵様。《亜空間ゲート》を売れと仰いますが、幾らするとお思いですか?」
「それはだな・・・・・」
「何だマイク。魔道具工房を経営しているお前が、悩んでしまうのか?」
「うむ。他に例が無いのでな」
「私が値段を付けるとしたら、《三十億マネー》ですね」
「三十億マネーだと! ニコル、それはいくら何でも吹っ掛け過ぎだろ!」
「いや、グレン。使い道を良く考えてみろ。それだけの価値はある」
「うむ。確かに今回の様な大人数の避難や、行軍には絶大的な効果がある。それに商業的な輸送もだ」
「それを妻達の買い物の為に、私達が支払えるかが問題なのだ」
「流石に私でも、三十億マネーは払えん」
「私もだ」
「では、諦めて貰えましたか?」
「「くっ!」」
伯爵達は歯を食いしばり、悔んだ。
「おお、そうだ。そう言えば、ニコルは《ヤマト》だったな?」
ラングレイ伯爵が、思い出した様に言った。
「仮りにそうだとして、どうするおつもりですか?」
「伝説の《転移魔法》を使えたろ。たまにエマを迎えに来てくれんか?!」
「それなら、うちのソフィアも頼む!」
「・・・・・!」
僕は返事に困った。
「お父様も叔父様も、ニコル君に無理強いは良くないですよ!」
「「ユミナ(ちゃん)!」」
「ヤマトさんは命の恩人であり、この国の《英雄》です。その正体である人に、買い物の送り迎えをさせる気ですか?!」
「「うぐっ!」」
伯爵達は僕の存在価値を、改めて思い直したようだ。
だがこれで、『僕はヤマトではない』と、否定しづらくなった。
『キキーーーッ!』
「母上、どうしました? 怒っているのですか?!」
逃げる様にいなくなったバロン君が、ユミナの異変に気付き戻って来た。
「心配無いわ。お父様達が我が儘を言うから、注意したのよ」
「そうですか。お祖父様、母上を困らせないで下さい!」
「バロン、お前まで・・・・・」
「ははっ、マイクは孫にかたなしだな」
「ぬかせっ!」
「どれ私も孫達に、その自転車を買ってやるか!」
「ニコル君、店に妻達が来ている。明日領地に帰るから、会ってやってくれ」
『ニヤッ!』
グルジット伯爵は、悪い笑みを浮かべていた。
「はぁ」
嫌な予感がしたが、僕はそのままスーパーへ連れて行かれた。
◇
スーパーでは、二人のご婦人が買い物をしていた。
「グレン、買い物篭がいっぱいになってしまったわ。お金を払って魔法鞄にしまって頂戴」
テーブルには集計済みの買い物篭が、いくつも並んでいた。
前世の様なレジ袋は用意されてないので、各自入れ物を用意する必要があった。
「こんなに買ったのか?」
「当たり前じゃない。良い物が、沢山あるのよ!」
「確かにそうだが・・・・・」
「なーに、何が言いたいの?!」
「いや分かった。金は支払う」
「それでいいのよ。ところで、今後も購入できる算段はついたのかしら?!」
「そっ、それはだな・・・・・」
「あら、貴方。ハッキリしないわね」
ラングレイ伯爵家は、旦那より奥さんの方が立場が強かった。
この遣り取りを黙って見ていると、ふとソフィアさんと目が合った。
「あら貴方、ニコル君なの?」
「本当だわ。あの頃より背が伸びて、逞しくなったかしら?」
「お久し振りです」
『ニコッ!』
「「ああーーーんっ!」」
「「おい、どうした?!」」
「この人、危険だわ!」
「そうね。《マダムキラー》よ!」
「二人共、何を言ってる?」
「ニコル君、何かしたのか?」
「いいえ。挨拶しただけです」
僕は首を横に振り、懸命に否定した。
「彼の微笑みには、《魅了効果》があるわ!」
「昔と違い可愛いだけじゃなく、大人の色気を漂わせてるわ!」
「ニッ、ニコル。人の妻を魅了し誘惑するとは、何という奴だ!」
「それ、言い掛かりですって!」
「ニコル君、落とし前をつけて貰うよ!」
『ニッ!』
グルジット伯爵は、悪い笑顔を浮かべた。
「えっ!」
「罰として、月に一度私達の領地に行商に来て貰おうか!」
「おお、それは良い!」
「えっ! ニコル君がお店の商品を持って、屋敷まで来てくれるの?!」
「やだ、嬉しいー!」
婦人達の顔が、綻んだ。
僕はまんまと、罠に嵌ってしまった。
伯爵達より断然断りづらい婦人達を、嗾けられてしまった。
「どうだね、ニコル君。妻達はこんなに喜んでいるよ」
『ニッ!』
僕はここで、抵抗を試みた。
「あれっ、おかしいですね。『私が奥方様を誘惑する』と言っといて、領地へ赴く事を望んでいる。矛盾してませんか?」
「そっ、それならば、仮面で顔を隠せば良い」
「おー、マイク。それは良い考えだ!」
「何言ってるの? 美しい顔を隠したら、勿体ないじゃない!」
「エマ、君こそ何を言っている!」
「グレン。エマは、完全に魅了されてるぞ!」
「何っ!」
『ジーーー!』
ラングレイ伯爵は、エマ夫人を見詰めた。
するとその頬は、薄っすらと赤く染まっていた。
「エマァァァ。浮気は駄目だぁぁぁぁぁ!」
「おい、グレン落ち着け!」
「ねぇ、マイク君。私も、仮面には反対よ!」
その言葉に振り返ると、ソフィア夫人の頬も赤くなっていた。
「ソフィアァァァ、君もかぁぁぁぁぁ!」
何だか、凄く面倒な展開になってしまった。
「皆さん、ご提案があります」
僕はここで、妥協する事にした。
「何だね、ニコル君?」
「ヤマトの正体を口外しないというのであれば、三ヶ月に一度領地に伺いましょう」
「それは本当か? だがそれでは妻達が」
「それでしたら、両家に仕える方達に購入を任せては如何ですか?」
「おー、それは良い案だ!」
「皆様、この提案を飲んでいただけますか?」
「「分かった。飲もう」」
「ニコル君に会えないのは残念だけど、しょうがないわね」
「私も了承します。でもヤマトさんの正体って、何の事かしら?」
「それは今、約束しましたから言えません。もし約束が破られれば、この話しは無かった事になります」
「そっ、それは困るわ!」
「ではそういう事で、よろしくお願いします」
こうして、この話しの落としどころが纏まった。




