第三十一話 エマとソフィアの買い物
四ヶ月掛け、王都の《結界》内にいた人々の移動が終わった。
残すはグルジット伯爵家とラングレイ伯爵家、そして両家に仕える者達だけとなった。
幸い両家の親族は領地にいた為、一人の死者も出さなかった。
そして王都を去る前日、伯爵達はエシャット村を訪れた。
「成る程。一見農村だが、所々王都並の技術力を感じる」
「お家に大きなガラス窓が使われていて、裕福なのかしら?」
「とても清潔感がある村ね!」
訪れた事のないラングレイ伯爵夫妻とグルジット伯爵夫人は、それぞれ声を漏らした。
「何だあれは! 我が領都より、立派な壁が聳え立っているではないか!」
「グレン。村長から聞き出したところ、あれはニコル君が一人で建てそうだぞ」
「しっ、信じられん。そんな事が、可能なのか?」
「我々王国魔法師でも、一人ではとても無理だ。それに他の目を引くものは、全てニコル君の手によるものだ」
「恐ろしいな。あの時只者ではないと思っていたが、想像の遥か上をいっている!」
ラングレイ伯爵達は、改めてニコルの能力を垣間見た。
「それに彼、凄く可愛らしかったわ」
「なっ! エッ、エマはああいう華奢なイケメンが好みなのか?!」
「さあ。でも、どう成長しているか楽しみね。うふふっ!」
「エマァァァ! 浮気は駄目だーーーーー!!」
「あらあら、エマったら。でも、私も楽しみだわ!」
「ソフィアァァァ! 君もかーーーーー!!」
伯爵達は妻のちょっとした冗談に、嫉妬の雄叫びを上げた。
「さあさ、マイク。そんな事はどうでもいいから、早くお店に案内してちょうだい!」
「「そんな事って!」」
「マイク君、私からもお願い!」
「ソフィアがそう言うなら、んっ?」
ふと見ると、浮かない顔をしてる者がいた。
「どうしたバロン。元気無いな?」
バロンは自転車のハンドルを握り締め、俯いていた。
「バロンは今日が最後だから、寂しいのよね」
「母上っ!」
ユミナにも、そういう気持ちはあった。
しかし、自身の感情は口にしなかった。
『チラッ!』
だが母親のソフィアには、その言葉に引っ掛かるものがあった。
『もしかして、今でもニコル君の事を思っているの?』心の中でそう呟いた。
「おっ、お祖父様。僕、遊びに行っていいですか?」
「そうだったな。遊んでくるといい」
「はいっ!」
「それでしたら、私が付き添います」
「ああ、頼む」
「母上、急ぎましょう!」
「はい、はい」
バロンは自転車を押しながら、サーシアの姿を探した。
ユミナはその様子を見て、微笑みながら後を追った。
◇
残った一同は、スーパーの入り口に向かった。
すると扉には、『定休日』の札が掛かっていた。
「えっ、休み?」
「ウソでしょ! 信じられない!」
「どうなってんだ、マイク!」
「マイク君、確認してなかったの?!」
「すまん。王都の様に、年中無休だと思っていた」
「もう、どうするのよっ!」
「エマ、待ってくれ。何とかする!」
「あれっ!」
するとそこに、村長のジーンが現れた。
「おおー、ジーン殿。丁度良かった!」
「グッ、グルジット伯爵様!」
「今日は妻のソフィアと友人のラングレイ伯爵夫妻を連れて来たのだが、休みとは知らず困っていたのだ」
「はぁ。毎週この日は、エシャット村の休みなもので」
「そういう事か。なあジーン殿、ものは相談だが少しの間店を開けてくれんか? 明日、領地へ帰るんだ」
「そうでしたか。先日の条件で宜しければ、店を開けますが」
「ああ、それで構わん」
「ジーン殿、感謝する。私はラングレイだ」
「妻のエマよ。よろしくね」
「グルジットの妻、ソフィアです。主人がご迷惑をお掛けします」
「はっ、はい。どうぞ宜しくお願いします。エシャット村村長のジーンです。店を開けますので、少々お待ち下さい」
一時はどうなる事かと思ったが、グルジット伯爵は無事危機を乗り越えた。
◇
「シャンプーとリンスと石鹸は、どこかしら?」
「こちらの、日用品コーナーにございます」
「ありがとう」
彼女達が訪れた一番の目的は、これ等の商品を購入する事だった。
グルジット伯爵からプレゼントされたソフィアは、『今まで使用したどの製品よりも素晴らしいのよ』と、エマに自慢していた。
「あったわ、これね。少し多めに買っても、いいかしら?」
「はい。ですが品数に限りがありますので、今回は特別という事でお願いします」
魔法袋には多くの在庫があり、ニコルに頼めば幾らでも手に入った。
しかし、本当の事を口にする訳にはいかなかった。
「あらジーンさん、とてもお優しいのね!」
『ニコッ!』
『ポー!』
「いっ、いえ。そんな事はございません!」
《美魔女》であるエマの色香に、ジーンは年甲斐も無くのぼせ上がった。
「あーなーたー!」
「はい、すみません!」
その様子を、妻のマリアが横で見ていた。
このマリアも、年齢を感じさせない若さと美しさを兼ね備えている。
「あら、奥様? 大変、お綺麗ね」
「いえ、私なんか」
「そのお肌の艶、羨ましいわ」
「エマ。こっちに、化粧水があるわよ!」
「何ですって! お二人共、ごめんなさい!」
エマは直ぐに、ソフィアの元に駆け付けた。
「マイク君ったら、これ買い忘れてたのよ!」
「ソフィア、きっと良い品に違いないわ。あの奥様、お肌スベスベだもの!」
「そうね。来て良かったわ!」
二人は商品を見て、はしゃいでいた。
◇
「このお店、本当バラエティーにとんだ品揃えね!」
「今日だけっていうのは、悲しいわー! 貴方、何とかならないかしら?」
「いや、そんな事言われてもだな」
「マイク君、私からもお願い」
「ソフィアの願いなら、叶えてやりたいが・・・・・」
「どうするマイク?」
「領地へ帰る日程は、今更変えられない」
「行商人を雇うか?」
「ここと領地では、距離があり過ぎる。《亜空間ゲート》でもあれば、いいのだが」
「それだっ!」
「私の工房じゃ、《亜空間ゲート》は作れんぞ」
「ニコルだ。あれはきっと、ニコルが作ったのだろう。頼み込んで売って貰えばいい!」
「そうだな。魔道具は販売してないと言われたが、頼んでみるか」
伯爵達は妻達の為、ニコルと交渉を試みる事にした。




