第三十話 グルジット伯爵家との夕食
バロン君がサーシアから顔を逸らすと、ユミナがリビングに現れた。
「もう直ぐ、ご飯ができますよ!」
「おお、そうか。ニコル君、また今度ゆっくり話そう」
「はぁ」
「ニコル君、お邪魔してます」
「いっ、いらっしゃい」
夕食という事で、ヤマトの正体を疑われたまま話しは中断した。
ダイニングに移動するとテーブルが追加され、その上にパエリアとミノタウロスのステーキ、それにサラダやスープが並んでいた。
「ミーリアさんに、夕食に誘っていただいたんです」
「ユミナさんが、料理を手伝ってくれたのよ」
「へー」
いつの間にか、二人は仲良くなっていた。
「うわー、今日は御馳走だねー!」
「おっきな、お肉があるよー!」
うちの子供達が、はしゃいでいる。
稼ぎが良くて《亜空間収納》に食材が溢れ返っていても、日常の食卓は割りと控え目なのである。
ミーリアが、伯爵様達に気を使っての事なのだろう。
パエリアが皿に取り分けられ、みんな席に着いた。
「さあ皆さん、いただいて下さい」
「「「「「「いただきまーす!」」」」」」
「この米料理は初めてだ。どれ、『モグモグ、ゴックン』。おー、実に旨い!」
「母上、美味しいです!」
「レシピを聞いたから、今度作ってあげるわ」
「ユミナのレパートリーが、久し振りに増えたな」
「母上の料理、楽しみです!」
ユミナは王室に入る前、時々家族に料理を振る舞っていたそうだ。
「あっ、でも海産物は手に入りませんね」
「《転移扉》で、こちらの店に買いにくればいい」
「私的に使っても、宜しいのですか?」
「王都の住民の移住は、殆んど済んだ。少しくらい私的に使っても、構わんだろう。ニコル君はどう思う?」
『チラッ!』
「何故、私に聞くのですか?」
「いやなに、《転移扉》はヤマトに借りた物だからな」
「それなら、ヤマトに聞いて下さい」
「はぁ、やはりシラを切るのだな。それならヤマトが回収に来るまで、自由に使わせて貰おう」
「ご自由に。ちなみに扉の名前は、《亜空間ゲート》ですから」
「おお、《亜空間ゲート》か。正式な名があったのだな」
移住が終わるのなら《亜空間ゲート》を回収したいところだが、こうなってしまっては何時回収するか悩んでしまう。
◇
皆舌鼓を打ちながら、夕食を食べ終えた。
「ミーリアさん。どれも実に旨かった!」
「ありがとうございます」
「それでは、魚介類を買いに近い内に伺います」
「母上! その時は、僕もお供します」
「あら、只のお買い物よ」
『チラッ!』
バロン君の視線は、一瞬サーシアに向けられた。
「そういう事なのね。いいわよ」
「バロン君、明日も来なよ。午前中は学校で勉強だけど、午後はみんなと遊ぶから!」
「いいの?! ハッ!」
バロン君は、グルジット伯爵に視線を向けた。
「構わないぞ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「良かったね。バロン君!」
「うっ、うん」
バロン君はハニカミながら、サーシアの言葉に頷いた。
お開きの雰囲気になると、グルジット伯爵が魔法鞄を開け袋を取り出した。
「ニコル君。これを受け取ってくれ」
「これは?」
「プラーク街の家の使用料だ」
僕は袋を受け取り、中を覗いた。
「こんなに?」
「一千万マネーある」
「いくら何でも、多過ぎですよ」
「いや、そんな事はない。四ヶ月近く使わせて貰ったのだからな」
グルジット伯爵は、満足そうな顔をして言った。
「そうですか。それではありがたく頂戴します」
貴族の面子を潰すのも何なので、袋を両手に掲げお辞儀をし礼を言った。
「良し。用事も済んだ事だし、帰るとするか!」
「あっ!」
「どうした、ユミナ?」
「いいえ、お父様。今日はもういいです」
ユミナが何か言いたそうにしていたが、この後三人を《亜空間ゲート》まで送った。
◇
翌日、フロリダ村で開拓の手伝いをし我が家に帰った。
「ただいまー!」
「「パパ、お帰りー!」」
「今バロン君と、トランプしてるんだー!」
子供達に手を引かれリビングに行くと、バロン君がいた。
「バロン君、いらっしゃい」
「あっ、うん」
バロン君と僕の間には、かなり距離があった。
「バロン君ね、昨日お祖父ちゃんに自転車を買って貰ったんっだってー!」
「凄く上手に乗れるんだよー!」
「へー、そうなんだ」
「ニコル君、お帰りなさい」
キッチンから、ユミナがエプロンをして現れた。
「ユミナも、来てたのか?」
「バロンったら、私と一緒じゃないと嫌だと言うので」
「母上っ!」
「ごめんなさい。言わない約束だったわね」
そして二人は、今日も夕食を食べて帰った。
◇
一方グルジット伯爵は、プラーク街の代官屋敷に来ていた。
「何だと! 陛下や王子達の死亡が、確認取れたのか?!」
グルジット伯爵はユミナの《過去視》スキルで既に知っていたが、何処からの情報か気になった。
「はい。奇跡的にもアリーシア様と二人のお子様が生存されていて、確認されたそうです」
「そうか。生きておられたか」
「それで、王都をノーステリア大公爵領に移す話しが持ち上がってるそうです」
「王都がああなってしまっては、しょうがあるまい。だがそれは、《王位》をアリーシア様のお子様が継ぐという事か?」
「恐らく」
「それが妥当だろうな。この国で最高位の貴族家でもあるからな」
「グルジット伯爵は、それで宜しいのですか?」
この代官は、バロンの生存をグルジット伯爵から聞いていた。
「ノーステリア大公爵家と、王位争いなどしたくないだろう」
「はぁ」
「それでは領地に帰って、《戴冠式》の知らせを待つとしよう」
グルジット伯爵は、肩の荷が降りた気でいた。
国を纏める為、バロンを王として担ぎ上げる必要が無くなったからだ。
彼には、一族から王を輩出するという野心は無かった。




