第二十九話 ユミナとミーリア
「もしかして、ニコルちゃんの奥さんになる筈だったお貴族のお嬢様ですか?」
「覚えていらしたのですね」
「はい。でも何で今頃・・・・・」
「いえ、あの、その、心配なさらないで。プラーク街のお家を貸していただいたお礼に、来ただけですから」
ユミナは慌ててそう答えたが、本当は命を救って貰った礼が言いたかった。
「そうでしたか」
王都の人々がプラーク街へ避難している事は、ミーリアの耳にも入っていた。
しかし、ユミナの事までは知らされていなかった。
「私も、こんな長閑な場所に住んでみたかった」
「えっ!」
「いえ、何でもありません」
「あのー宜しかったら、家でお茶でも如何ですか?」
「お邪魔して、宜しいんですか?」
「はい、どうぞ」
「それでは、お招きにあずかります」
ユミナは緊張しながらも、素直に招待を受けた。
「バロン様も、如何です?」
「バロンは子供達と楽しそうにしているので、このまま遊ばせて下さい」
バロンはふら付きながらも、既に一人で自転車に乗れる様になっていた。
運動神経は、普通の子供より良かった。
「そうですね」
「サーシアちゃん。バロンの事、宜しくね」
「うん!」
元気良く返事をすると、サーシアは子供達の輪の中に駆けて行った。
「行きましょうか?」
「はい」
ミーリアもまた緊張しながら、ユミナを自宅に案内した。
◇
ユミナをリビングに招き入れると、ミーリアはケーキと紅茶を用意した。
「どうぞ」
「ありがとうございます。エミリアちゃん、可愛いですね」
ミーリアがお茶を用意している間、ユミナがエミリアをあやしていた。
「ユミナ様にそう言っていただけて、エミリアは幸せ者です」
「パイパーイ!」
エミリアは小さな手で、ユミナの大きな胸を鷲掴みにした。
「あっ、駄目っ! エミリア」
「いいんですよ。赤ちゃんのする事ですから」
「すみません」
「キャハハッ!」
そして、再び鷲掴みにした。
「エミリア、こっちにいらっしゃい!」
「ブー!」
「ダーメ!」
ミーリアはエミリアを抱きかかえ、ソファーに座った。
「ユミナ様は、王子様と結婚されたのですよね」
「はい。しかし今回の件で、殿下は既に・・・・・」
「すみません。私、知らなくて」
「ミーリアさんが、謝る必要はありません」
「そうだ、ケーキを召し上がって下さい」
「美味しそうですね。いただきます」
「どうぞ」
『パクッ!』
ユミナは、上品にケーキを口に運んだ。
「美味しい」
「良かった。気にいっていただけて」
「王宮で食べるのと、遜色ありませんよ」
「それを聞いたら、ケーキを作った村の職人も喜びます」
「フフッ!」
二人は緊張しながらも、次第に打ち解けようとしていた。
◇
「ニャー!」
「シロン!」
寝ていたシロンが目を覚まし、ポムを背に乗せユミナの前に現れた。
「ニャー!」
「久し振りね」
「ユミナ様は、シロンの事を知っていたんですね」
「はい。まだ学生の頃、ダンジョンに一緒に行きました」
「そうでしたか。でもシロン、覚えているのかしら?」
「頭の良い猫ですから、覚えててくれてるみたいですね」
「ニャー!」
「モキュ!」
「このかわいいスライムは?」
「主人に懐いて、連れ帰ったんです。子供達と遊んでくれるんですよ」
「良い子ですね」
シロンは家族の前で、人の言葉を話さなかった。
ユミナもそれを察し、敢えて触れなかった。
◇
「ただいまー!」
夕方になり、僕は仕事から帰った。
「「パパ、お帰りー!」」
「おお、二人共元気だな」
「あのね。お客さんが来てるんだよ!」
「誰だい?」
「バロン君と、お母さんとお爺ちゃん!」
「バロン君って、確かユミナの子供。それじゃ、ユミナやグルジット伯爵が来てるのか?」
《亜空間ゲート》に、制限は掛けていない。
来ようと思えば、いつでも来れたのだ。
リビングへ行くと、グルジット伯爵とバロン君がいた。
「いらっしゃいませ」
「お邪魔しているよ。ところで、君は本物か?」
「えっ! いきなり何ですか?」
「以前私の屋敷で会った君は、《影分身》だったからな」
そんな報告を、《影分身》から受けた気はする。
しかし、あまりの忙しさに聞き流してしまった。
「えーと、本物です」
「そうか本物か。《闇属性魔法》を使える魔法師は少ないというのに、底が知れんな」
「そんな事無いです」
「私達を救ってくれた《ヤマト》も、君なんだろ?」
「ヤマトが私? 彼は私の友人ですよ」
「そこは、シラを切るのだな」
「お祖父様。あのヤマトとこの人が、同じ人なのですか?!」
「ユミナが、そう言っている」
『ジーーー!』
僕はバロン君に、疑いの目で見詰められた。
「でも、顔が全然違いますよ」
「バロンよ。魔法やアーティファクトで、姿を変える事は可能なのだ」
「えっ、お祖父様もできるのですか?」
「ああ、できるぞ」
『ジーーー!』
バロン君は、再び僕を見詰めた。
『ニコッ!』
僕は意味も無く、微笑み返した。
「ハッ! お祖父様、早く帰りましょう!」
「何故だ?」
「母上が、危険です!」
「お前は、何を言っておるのだ?」
「バロン君、帰っちゃうの?」
「サーシア」
「サーのママとバロン君のママが、ご馳走を作ってるんだよ」
バロン君は、サーシアと僕の顔を交互に見詰めた。
「帰らない」
「良かったー!」
バロン君は、顔を赤くした。
僕はそれを見て、『何を恥ずかしがってるんだ?』そんな事を思った。
「バロンは、サーシアちゃんに形無しだな」
「お祖父様!」
『そういう事か?』
どうやらバロン君は、サーシアに気があるらしい。
僕は嫌われた様だが。
「えっ、何々バロン君?」
「何でもない」
バロン君は恥ずかしそうに、サーシアから顔を逸らした。




