第十五話 ニコル、ガーランド帝国滅亡の危機を知る
時は前の日に遡る。
僕の《危機感知》スキルが反応してから、何も起こらないまま二ヶ月が過ぎた。
今はリートガルド様に呼ばれ、フロリダ村の役場にいる。
「ニコル。ガーランド帝国が、滅亡の危機に陥ってるそうだ!」
「えっ! 何でまた?」
「帝都を含む広範囲の地域が魔素に覆われ、魔物が大量に発生している」
「魔素が地上に?」
「ああ、原因は不明だ。帝都の諜報員達とも、連絡がとれなくなっている」
「教えていただいて何ですけど、私にそんな機密を話していいんですか?」
「まあ、これくらい良かろう」
「そうですか」
「それに今回の件は、ニコルが『警戒しろ』と言った時期と発生時期が一致している」
「へー」
「あれはもしや、この事だったのではないのか?」
「私にも、正直分かりません」
「他国の事まで感知するとは、お前のスキルは余程凄いのだな?」
「ははっ」
僕は、笑って誤魔化した。
《危機感知》スキルの反応は当初より弱まったが、未だ続いている。
だが、村での自粛生活は十日間で解除された。
『僕の思い過ごしかもしれない』と、いう事になった。
《結界》の門扉の部分を改良し、村人だけ自由に出入りできる様にしている。
「魔素や魔物は、エステリア王国まで広がらないのですか?」
「ああ。魔素は現状の範囲に止まり、魔物もその中にいる」
「その均衡が、破られなければいいですね」
「そうだな」
僕はガーランド帝国の様子が、気になった。
◇
影分身をフロリダ村に残し、僕はガーランド帝国に《転移》した。
念の為、前世の自分に変装している。
「この街は、魔素の影響は無いな」
国境付近の砦の街では、人々は普通に生活していた。
「でも、人の数が多いような気がする。もしかして、魔素の広がる地域から避難して来たのか?」
僕は街や村を回りながら、魔素の広がる地域を目指した。
「この村には、薄い魔素が漂ってる」
だが、直ぐには人体に影響は無い様だ。
「やー!」
「とりゃー!」
「うおりゃー!」
村人達が、スライムを退治していた。
「まー、スライムくらいなら、大丈夫だよね」
他の魔物はいない様なので、先に進んだ。
先に進むに連れ、魔素が濃くなるのが分かった。
「流石にこの辺りは、少し息苦しいな」
僕は口に、《酸素吸入》の魔道具を咥えた。
『ドスッ!』
『ザクッ!』
『ブスッ!』
兵士達が、猪の魔物のボアを狩っていた。
『ドサッ!』
「仕留めたぞ! 急いで、血を抜くぞ!」
「「「おう!」」」
ダンジョンとは違い、魔物の死骸がそのまま残った。
そこへ、馬車がやって来た。
「今日は、これくらいでいいだろう。血抜きが済んだら、引き上げるぞ!」
「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
その馬車の荷台には、ボアの死骸が四体積まれていた。
どうやら魔物駆除というより、肉や素材が目的だったらしい。
この後先に進んだが、生きた人間に出会ったのは彼等が最後だった。
ある街に寄ると、大勢の人がゾンビとなり徘徊していた。
『思っていた以上に、悲惨だ!』
他の街や村も、同様だった。
そして魔素が濃くなるにつれ、魔物の強さも数も比例していた。
敵国とはいえ、この状況に僕はショックを受けた。
この日は、二時間程調査するだけで引き上げた。
◇
翌日、《影分身》をフロリダ村に残し、プラーク街のダンジョンを訪れた。
「ニコル。よく来た」
「お久しぶりです」
「ニコル。早く、土産なのじゃ!」
「ゼルリル様は、相変わらずですね」
「フフーンなのだ!」
「何が『フフーン』かは分かりませんが、どうぞ」
そう言いながら、ケーキの入った箱をゼルリル様に渡した。
「ヤッター! 久し振りのニコルのケーキなのじゃ!」
ゼルリル様は、満面の笑みで箱の蓋を開けた。
「ニコル。この黒いのは、何じゃ?」
「気付きました?」
「当たり前なのじゃ! 新作なのじゃな?!」
「はい。チョコレートケーキです」
「チョコレートケーキとな。どれ、早速いただくのじゃ!」
「待て、ゼルリル! 客人に茶も出さず、はしたないぞ!」
「そうであった。ゴメンなのだ!」
ゼルリル様が、三人分のコーヒーを淹れてくれた。
「さあ。パパ上もニコルも、いただくのじゃ」
「ああ、そうしよう」
「いただきます」
「あむあむ、ごっくん。んーーー、美味いのじゃーーー!!!」
「んっ、これはっ! コーヒーと違った苦味があり、美味いな」
「ようやく材料となる木が育ちましてね。なかなか、苦労しましたよ」
「そうか。それはご苦労だった」
「これは癖になるのじゃ。よくやったのじゃ!」
「ところで、ガーランド帝国が半径二百五十キロにも及ぶ範囲で魔素に覆われたんですけど、何が原因か分かります?」
「何だと!」
サムゼル様は驚きで、ケーキを食べる手が止まった。
ちなみにゼルリル様は、夢中になってケーキを頬張っている。
「それだけの広範囲となると、原因は一つしかあるまい」
「何ですか?」
「ダンジョンコアが、破損したのだ」
「やっぱり」
「現地は、大変な事になっておるのだろう」
「ええ。全部は見てませんが、手の施しようがありません」
「そうか」
「どのダンジョンも、同じ危険を孕んでいるんですね」
「そういう事だ」
そんな時だった。
『ニコル君。お願い、助けて!』
頭の中に、助けを求める声が聞こえた。




