第三十七話 リートガルド伯爵、決心
僕は領主様を、どうやってその気にさせるか考えた。
「どうもあんたは、貴族としての自信を失くしたようだな」
「事実を言ったまでだ」
「あんたが立ち上がるなら、俺が手を貸すぞ」
「お主の力で、下った判決を覆せると言うのか?」
「正攻法では無理だが、嵌めた貴族を吊し上げる事は可能だ」
「そこまで言いきるお前は、一体何者だ?」
「何者でもいい」
「それで、信じろと言うのか?」
「それは、俺の力を信じてないのだな?」
「牢獄から出して貰った事には、感謝し驚きもしている。だが、それ以上の事は・・・・・」
領主様は僕が脱獄させた力だけでは、状況を覆せないと思っている様だ。
「それじゃ、少し力を示そう」
「何をしようというのだ?」
「《転移》」
『『シュタッ!』』
「うわっ! なっ、何事だ?」
「ここが、何処か分かるか?」
「・・・・・わっ、わしの屋敷の外だ」
領主様は驚きながらも、暗闇で目を凝らし答えた。
「正解だ」
「お主、『《転移》』と口走ったな? もしや、《勇者》か《賢者》なのか?」
「俺は、どちらでもない」
「違うのか? 信じられん」
「これで物足りないなら、今からコロネ子爵を牢獄に閉じ込め、屋敷を取り戻してやる」
「可能なのか?」
「ああ。雑作もない」
領主様は、僕の言葉に真剣に考え始めた。
◇
「もっ、もしやお主、《魔王襲来》で魔物から国を救った者か?」
「否定はしない」
「そうか。その黒髪と、並外れた能力。もしやと思ったが、そうだったか! それでは、期待に答えぬ訳にいかんな」
黒髪の事は、魔物の被害から救った地域では知られていた。
領主様は僕の素性を知り、決心した様だ。
「やる気になったか?」
「ああ。救国の英雄が、後押しをしてくれるのだからな」
「一つ言っておくが、俺にもコロネ子爵と少なからず因縁がある」
「誠か?」
「コロネ子爵の屋敷の《結界》は、俺がやった」
「何と! お主の仕業だったか」
「奴は子供を何人も誘拐し、屋敷の地下牢に閉じ込めていた。その罰だ」
「誘拐は当時騒がれていたが、コロネ子爵は疑いだけで罪に問われなかった。お主が救ったのだな?」
「そうだ」
「その口調に似合わず、優しいのだな?」
「うるさい。あんたは疲れてるだろうから、今日はもう休め」
「ふっ、そうさせて貰う」
「《転移》」
領主様は牢獄から出たばかりで、体力が落ちている。
今、無理する必要も無かった。
コロネ子爵から屋敷を取り戻すのは次の機会にし、一旦プラーク街の別荘に引き返した。
◇
『『シュタッ!』』
「「「わっ!」」」
「お前達、驚かせてすまん」
「貴方。無事だったのですね!」
「良かった!」
「父上!」
別荘に戻ると、家族は目を冷ましていた。
そして、姿の見えない伯爵を、心配していた様だ。
「心配掛けてすまない。彼と出掛けていた」
「今、《転移》して来ましたよね。彼はいったい、何者なんですか?」
「エステリア王国を、魔物から救った《英雄》だ。そして、わしらを救ってくれた《恩人》でもある」
「まさか!」
「英雄様ですの?」
「お名前は、なんて仰るのかしら?」
「名乗るつもりは無い」
「それでは、不便ですわ」
「わしらの間では、『英雄』でいいだろ」
「おい。そんな呼び方は止せ」
「良いではないか」
「いや、良くない。『ヤマト』と呼べ」
「本名か?」
「今思い付いた名だ」
咄嗟に口走った名は、《御食事処やまと》から借用したものだ。
「ふっ、まあいい。それでは、こちらも名乗ろう。わしは、ジョセフ・リートガルドだ」
「私は第二婦人のミネルバですわ」
「私は娘のミランダです」
「俺はイアンだ」
「ミランダはミネルバの娘で、イアンはもう一人の妻の子だ」
「そうか」
「ヤマト。悪いんだが、腹が減っている。何か食べ物は無いか?」
「そう言えば、私も」
「私もです」
「私もだ」
「それなら、食事を用意してやる。その間、着替えてくれ」
領主様達は囚人服に裸足で、髪はボサボサだった。
僕は魔法袋から、着替えを出してやった。
「おお、すまない」
「ありがとうございます」
「助かる」
「ちょっと、大きいかしら」
「今は俺の服で、我慢してくれ。女性物は、後日用意する」
「あら。催促したみたいで、悪いわね」
商品としての女性物は持っていたが、今の僕が持っているのは不自然だった。
僕はキッチンへ行き、《亜空間収納》で調理した鶏のササミ入りお粥の入った鍋を取り出した。
◇
「旨い!」
「美味しい!」
「旨いぞ!」
「美味しいですわ!」
「そうか良かった」
「見掛けによらず、料理上手なのだな」
「お代わりをくれ」
「自分でよそって食ってくれ」
お粥は全員がお代わりをして、全部食べ尽くした。
「この家は友人の物だが、今は誰も住んでいない。自由に使っていいが、外出は控えた方がいいだろう」
「そうだな。今はまだ脱獄囚だからな」
「冷蔵庫に食材がある。調理して適当に食ってくれ」
「わしら、料理などできぬぞ」
「くっ、そう言えば貴族だったな」
「私、頑張ります!」
「ミランダ、大丈夫なのか?」
「何事も挑戦です!」
結果は分からないが、やると言うので任せる事にした。
しかし心配なので、世話役に王都に向かったハイネスさんを連れて来ようと思う。




