第三十六話 リートガルド伯爵、救出
ハイネスさんが、珍しくエシャット村にやって来た。
そして、大変な知らせを父さんと僕にもたらした。
「ジーン殿、ニコル君。という訳なのです」
「誠に残念です。伯爵様やそのご家族が、《反逆罪》で投獄されるなんて」
「ですが、反逆罪などあり得ない。私は王都へ行き、誤解を解いてきます」
「でも、ハイネスさんの身が危ないのでは?」
「だとしても、私は家臣として主を救わねば」
「決意は固いのですね」
「ええ。それで二人には、フロリダ村の民に何かあったら、手を貸して欲しいのです」
「分かりました。できる限り協力しましょう」
「僕も店があるので、放っとけないです」
「かたじけない」
ハイネスさんの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
僕が静観している間に、事態はとんでもない事になっていた。
◇
王家直轄領となったリートガルド領の街や村に、書面で通達が回った。
その内容とは。
・リートガルド伯爵家は、反逆罪により取り潰し。
・領地は、王家直轄領とする。
・領主代行を、エドモント・コロネ子爵が務める。
・今年の納税額は、五割増し。
だった。
「ふざけんじゃねー!」
「俺達に、飢えろっていうのか?!」
「リートガルド伯爵様。戻って来てくれー!」
この領地の住民はコロネ子爵の課した増税により、生活がひっ迫しようとしていた。
◇
ハイネスさんが去った数日後、エシャット村にも通達が来た。
「納税額、五割増しか」
「素直に従うの?」
「分からん。今直ぐ答えは出せんな」
「余裕の無い街や村は、辛いだろうね」
「困ったものだ」
「これはリートガルド伯爵様に、戻って来て貰わないといけないね」
「ご存命なのか?」
「うん。王城の地下牢獄にいる」
先日、《検索ツール》の《地図》機能で調べた。
「それで、どうするんだ?」
「取り敢えず、伯爵様を死刑になる前に助けに行く」
『貴族の闘争に、巻き込まれたくない』なんて言ってられる時期は、過ぎていた。
このままでは、領民はコロネ子爵に搾取されてしまう。
「大丈夫なのか?」
「うん。助けるだけなら、大丈夫。大変なのは、その後だね」
僕はこの日の夜、早速実行に移す事にした。
◇
午前二時を回り、僕は前世の自分に変装し王城に《転移》した。
『シュタッ!』
その場所は、《鏡》の件で来た事のある待合室である。
そして直ぐに《検索ツール》の《地図》機能で、伯爵家の人達の居場所を探った。
「四人か。ハイネスさんが言っていた領都から向かった人達は、まだ到着してないな」
僕は確認が済むと、再び《転移》した。
『シュタッ!』
次の場所は、地下牢獄へ続く階段室だった。
ここへは宰相に捕らわれ、来たいた。
僕はそのまま、階段を下りた。
「誰だお前。見ない顔だな?」
「《睡眠》」
『バタリ!』
「悪いな。朝まで眠ってくれ」
僕は地下牢獄室の扉の見張りを、《睡眠魔法》で眠らせた。
◇
「《睡眠》」
『『バタリ!』』
扉を開け地下牢獄室に入ると、すぐさま二人の看守を眠らせた。
そして、数十にも及ぶ牢獄の中から、《地図》機能が示す部屋の前で立ち止まった。
「《解錠》」
『カチャ!』
『キー!』
魔法で扉を解錠すると、扉を開き足を踏み入れた。
「この人が、領主様か」
僕は、直接会った事が無かった。
そして、真夜中という事もあり、領主様は眠っていた。
「随分と、痩せ細ってるな」
鎖に繋がれてはないが、囚人服を身に纏い髪はボサボサで到底貴族には見えなかった。
「《転移》」
取り敢えず、領主様をプラーク街の別荘に移動した。
そして、床に寝かせ直ぐに地下牢獄へと戻った。
◇
地下牢獄と別荘の往復を繰り返し、奥さんと娘さんとイアン様を救い出した。
「《範囲回復》」
怪我をしているかもしれないので、眠っている領主様達を回復させた。
「《清浄》」
続いて、汚れている体や囚人服を綺麗にしてやった。
だが疲れているのか、誰一人起きなかった。
「おい、起きろ!」
僕は変装時の口調で、領主様の体を揺すった。
「ううっ、何だ?」
「リートガルド伯爵。あんたと家族を、地下牢獄から助けたぞ」
「それは、本当か?!」
僕の言葉に、領主様は目を覚ました。
「ああ。回りを見ろ」
「おお、お前達!」
領主様は家族の姿を見て、安堵した。
「どなたか分からぬが、家族を救ってくれた事に感謝する」
「ああ」
「だがあの王城の地下牢獄から、どうやってわしらを助けたのだ?」
「魔法で、見張りを眠らせた」
「そんな馬鹿な」
「本当だ」
「何故、危険を冒してまで助けてくれた?」
「それはな、友人が困っているからだ。あんたの後釜のコロネ子爵に、重税を課せられようとしている」
変装して正体を隠しているので、友人という事にしてしまった。
「コロネ子爵だと。わしを嵌めた上に領地を乗っ取り、そんな事までしているのか!」
「俺は元領主であるあんたを助けたが、領民を救う気はあるか?」
「くっ、助けてやりたい。しかし、わしは《反逆罪》に仕立て上げられ、爵位を失ったのだぞ。そんな力は持ち合わせてない」
「負け犬の言葉だな。すっかり、牙が抜け落ちた様だ」
「よくもまあ、言ってくれる。どうにかなっていたら、牢獄になど入っていない」
それは、正論だった。
しかし、リートガルド領の人々を救う為には、この元領主様をその気にさせる必要があった。




