第三十四話 店の貸し出しと不穏な知らせ
リートガルド様の指示で職員さんが連れて来たのは、夫婦とその子供達だった。
話しを聞くと、店の建築申請はしているが優先順位が後の方らしい。
今は露店で、雑貨を売っているそうだ。
旦那さんの名前はライルで、年は二十八歳。
奥さんの名前はソニアで、年は二十六歳である。
「お二人は誠実そうで店を任せてもいいんですけど、雑貨屋の支店を持ちたいんですよね」
「ええ。独立するにも仕入れのルートがありませんし、人を雇う余裕もありませんから」
「私の実家から、商品を配達して貰うんです」
「それじゃ、店を建築したらそちらに移るんですね」
「そうなります。それまでの間という訳には、いきませんか?」
「リートガルド様は、どう思います?」
「すまん。確認不足だった」
「それで、いつ頃二人の店は完成するんですか?」
「ハイネス。いつだ?」
「未定です。今はインフラ整備と工房と住居を優先してるので、露店で間に合うものは後回しになってます」
「だそうだ」
「店を見てくれる人がいなくなれば、休業する事になりますけど」
「くっ! そうなった時は、何とかする」
「お願いしますね」
「それで、私達はどうなるのでしょうか?」
夫婦は、不安な顔を浮かべていた。
「店はお貸しします。その代わり、ガラスの受注をお願いします」
「分かりました!」
「頑張ります!」
「あっ、それと他にも売りたい物があったら、頼んでもいいですか?」
「はい。何でも、頼んで下さい」
いつまでか分からないが、僕はこの夫婦に店を任せる事にした。
◇
ライルさん達には五歳の女の子と三歳の男の子がいて、僕が作った小屋で生活を送っていた。
店と住まいが離れていては何かと不便なので、翌日空いてる土地に小さな住居を建てた。
今は、引っ越しを済ませたばかりだ。
『そこまでするなら、二人の店を建ててやれ』と思うかもしれないが、そこは突っ込まないで欲しい。
ソニアさんは家の片付けをし、ライルさんは店の準備に取り掛かった。
「ニコルさん。本当にありがとうございます」
「いいんですよ。自分達の店を持つまで、しっかり稼いで下さい」
「はい。ニコルさんのガラス窓も、しっかり売ります」
「ガラス窓の方は、頑張らなくていいです。お客が来るかも、怪しいんで。その代わり、販売して欲しい商品が一つあります」
「何ですか?」
僕は魔法袋をまさぐり、その商品を取り出した。
「このトイレットペーパーです」
「トイレットペーパー?」
「トイレで、お尻を拭く紙です」
「お尻ですか。干し草なんかとは違い、衛生的で素晴らしいです!」
「これを、一個千マネーで売って下さい」
「分かりました。宜しければ、領都の本店の方で仕入れさせて貰ってもいいですか?」
「うーん、そうですね。いいですよ」
「ありがとうございます。数は、今度相談させて下さい」
「はい。それと、この店のトイレの事は、内緒にして下さい」
「トイレですか?」
「珍しい魔道具になってるんですよ」
「はぁ?」
僕はライルさんをトイレに案内し、使い方を説明した。
「凄いです。これを家族で使わせていただいて、いいんですか?」
「どうぞ。その代わり、言いふらさないでくださいね。人が押し寄せても困りますから」
「はい!」
「それと魔石の魔力が切れたら使えなくなるので、予備を渡しておきますね」
「ありがとうございます。あのー、魔石一つでどの位持つのですか?」
「家族で使う分には、三・四ヶ月持ちます」
「結構、持ちますね」
「ええ。それじゃ説明も終わった事だし、商品を並べましょうか?」
「はい!」
ライルさんは僕が用意した商品棚に、自分達の商品を並べていった。
しかし、商品の数は思いの外少なかった。
「少し、寂しいですね」
「定期的に領都の本店から配達が来るので、今度来た時に数を増やして貰います」
「それならいいんですけど」
僕は空いたスペースにトイレットペーパーを並べ、補充用に倉庫にも纏まった数を置いた。
そして、一段落ついたところで、ガラス窓の説明を一通り行った。
◇
店の営業を初めてから、二ヶ月半が過ぎ年末を迎えた。
しかし、未だにガラス窓は売れていない。
引き違い窓の腰上サイズのセットで、百万マネーという金額にしたのが原因だろう。
貴族や金持ち向けの商品なので、今のところ値下げするつもりはなかった。
一方、トイレットペーパーの売れ行きは好調である。
辺境の村での千マネーは決して安くないのだが、この使い心地を知ると元には戻れないらしい。
フロリダ村を訪れる商人も、纏まった数を買っていった。
「ここのトイレはいつ来ても、使い心地がいいな」
「リートガルド様。わざわざ人の店に来てトイレを使うのは、どうかと思いますよ」
開店した翌日、僕がいない内にリートガルド様に見付かってしまった。
それ以来、一日一回は来ているそうだ。
「ニコルがあの便座を、私の屋敷に取り付けんからだ」
「そんなの横暴です!」
「冗談だ。しかし、何故入手先を教えんのだ?」
「忘れました」
「本当は、ニコルが作ったのであろう?」
『ギクッ!』
「さあ、何の事やら」
「家やガラス窓を、作ってしまうのだ。魔道具を作れても、おかしくなかろう?」
「そんな事言うなら、この村にも錬金術師はいますよ。その方達は、作れるんですか?」
「いや無理だ。しかし、ニコルは規格外だからな」
「あまり詮索すると、どうなっても知りませんよ」
「うっ! 分かった。詮索するのは止めよう」
リートガルド様には、この言葉が一番効いた。
◇
トイレの話しが、落ち着いた時だった。
『バタ、バタ、バタ!』
慌ただしい足音で、店に人が入って来た。
「イアン様、大変です!」
「どうした? ハイネス」
「王都の旦那様と奥方様とミランダ様が、屋敷で監禁されていると報告が御座いました!」
「それは、本当か?!」
突然、不穏な知らせが飛び込んで来た。




