第十八話 フロリダ村
八月になり、イアン・リートガルドは移住者を引き連れ、新しいダンジョンへやって来た。
その中には、行政・建築・土木・鍛冶・木工・錬金術・調理・パン作り等に携わる者達がいた。
総勢、百人である。
「リートガルド隊長、お待ちしてました」
「どういう事だ。村が一つ、出来上がってるではないか?!」
リートガルドは、想像以上の開拓ぶりに驚きを隠せなかった。
それは、同行者達も同じだった。
ニコルは小屋を一日三棟ずつ建て、既に七十五棟建ち並んでいた。
その他、炊事場・井戸・トイレも増設している。
噂を聞きつけ、日用品や酒を売りドロップ品を仕入れる行商人や、移住希望者も現れていた。
「それが、エシャット村のニコルのお陰で、開拓が進みまして」
「村長の息子のニコルか?」
「はい。建物は彼の錬金術で作った物が、殆んどです」
「錬金術? そうか、彼は《有能》なのだな。これだけ準備ができていれば、これからの開拓が随分楽になる。ニコルに、礼を言わねばな」
「はい。そうしてやって下さい」
「ところで、そのニコルはいるのか?」
「いえ。最近は、来てませんね」
ニコルは役目を終え、既に日常に戻っていた。
◇
リートガルド様から呼び出され、僕は開拓地に来ていた。
この地に帰って来てから、もう既に何度か呼び出されている。
「今日は、何の用だろう?」
ダンジョン周辺の開拓地は、リートガルド様から《フロリダ村》と発表された。
そして、専門家達によって、本格的に開拓が進められた。
最近知った事だが、リートガルド様は伯爵家の《次男》で、二十八歳妻子持ちである。
領地を守る騎士であったが、ダンジョンに派遣される王国の役人と渡り合う為、自ら開拓村の《村長》を買って出たというのだ。
家族は子供の教育の関係で、領都に置いてきたらしい。
そして僕は、リートガルド様のいる《役場》を訪れた。
「ニコル、先日はすまんな。この役場や私の住まいまで」
「いえ、いいんです」
リートガルド様に頼まれ、大きめの建物を二棟建てた。
あくまでも、仮設の建物である。
その代わりと言っては何だが、人頭税の納税の時に、孤児院の建設届けや孤児達の移住届けをすんなり処理して貰った。
「ところで、先日《粉挽き場》を作ったのだが、真っ白な小麦粉を挽くには大変な手間が掛かるらしい」
「はあ」
「エシャット村の《白パン》は、ニコルが《精麦・製粉》に関わってるそうじゃないか?」
「あれは、私の《錬金術》で精麦・製粉したものです」
「随分、多様性のある錬金術だな。やはりエシャット村の発展は、ニコルがもたらしたのか?」
「いえ。私だけの力じゃありません。村の人達が、頑張ったからです」
「ふむ、謙虚なのだな。だがその能力、このフロリダ村でも、遠慮無く発揮して欲しい」
「リートガルド様。私は商売人ですので、タダ働きは遠慮させていただきます」
「しっかりしているな」
釘を刺しておかないと、ずるずると引き込まれそうだった。
「白パン用の小麦粉がご入用でしたら、籾摺り・精麦・製粉を纏めて、一俵一万マネーでいかがでしょうか?」
王都で買った白パンの価格からしたら、この値段でも抑えたつもりだ。
「一万マネーか。そうだな、その額で頼む。だが一度に頼む時、二俵目からは六千マネーにしてくれ」
「いえいえ。麻袋も用意するので、詰め替え込みで七千マネーですね」
「むっ、そうか。それなら、その額で良かろう」
小麦粉の錬成と同時に俵を麻袋に変えてしまうので、物は言いようである。
◇
「それで、もう一つ頼みがあるのだが」
「何でしょう?」
「魔道具を、こちらにも融通してくれんか?」
リートガルド様は、スーパーの店頭に置いてある事を知っていた。
「駄目ですよ。あれは私がやっとの思いで仕入れて、格安で貸し出しているのですから」
「そこを何とか頼む!」
「ストックも、それ程ある訳じゃないので駄目です」
魔道具はいずれこうなる事を予想して、スーパーの在庫の殆んどは僕が預かっている。
「魔道具は、一点一点高額だぞ。その購入資金は、どうしたんだ?」
「別に、悪い事なんてしてませんよ」
「本当は、ニコルが魔道具を作ったんじゃないのか?」
『ギクッ!』
「やだなー。そんな技術、ありませんよー」
鋭い指摘に、一瞬焦ってしまった。
「そうか。では、どうやって稼いだのだ?」
「王都に行って、たまたま稼げたんです」
「ふっ。あくまでも、言葉を濁すのだな。まあ良い。ところでニコル、このフロリダ村で商売はせんのか?」
「その内しますよ。今は孤児達の世話で、忙しいのです」
「そうなのか。残念だ」
将来的には、『店を構えてもいいかな』と、思っている。
◇
「リートガルド様。私は忙しいので、小麦を製粉して帰りたいんですけど」
「ん? そうか。それじゃ、ハイネス。頼む」
「畏まりました」
ハイネスさんは、リートガルド様付きの秘書である。
「ニコル君。参りましょう」
「はい」
僕はハイネスさんと倉庫へ行き、一俵六十キロの麦俵を二俵製粉した。
「ニコル君。お代です」
僕はハイネスさんから、一万七千マネーを受け取った。
「ありがとうございます」
「君の錬金術は、色々と便利だな。感心する」
「そう言えば、領都からも錬金術師の方が、いらっしゃってましたよね」
「ああ。彼女には、《薬》専門に頑張って貰ってる。ダンジョンには、欠かせないからな」
「そうですか」
「必要な時は使いを出すので、また頼む」
「分かりました。失礼します」
能力を見せた事により、僕はリートガルド様とハイネスさんから目を付けられていた。




