第五十六話 ユミナの告白②
僕が考え事をしていると、ユミナが顔と声を強張らせて言った。
「ニコル君! 聞いて下さい!」
『ビクッ!』
「何だい?」
僕はそれに驚きながらも、平静を装い返事をした。
「ずっと、伝えたい事がありました。でも、この先会えるか分からないので、勇気を振り絞って言います」
「うん」
ユミナはやがて、王家の一員になってしまう。
立場的に、もう会えないだろう。
ユミナの言葉を否定する事もできず、先を促す為僕はただ頷いた。
「《前世》で私を助ける為、ニコル君が命を落とす事になって《ごめんなさい》。そして、《ありがとう》」
「えっ! 前世?」
僕はユミナの告白に驚き、一瞬固まった。
「もしかして、バイクから庇った女の子なのか?」
「そうです」
「そっか。助けられなかったんだ。ごめんね」
「謝らないといけないのは、私の方です」
助けた側と、助けられた側。
しかし、どちらも命を失った。
この場合、どちらが悪いなんて無かった。
「ユミナ。お互い悪くないんだから、謝るのを止めよう」
「そうですね」
ユミナは、少し笑顔になってくれた。
「という事は、ユミナが僕に向ける《好意》は、その事が原因?」
「切欠は真っ白な空間で神様に会い、『助けてくれた人に、お礼とお詫びを言いたい』と、頼んだ事です」
「神様と、そんな事があったんだ」
「私は神様の言う通り、毎日あなたに会いたいと願いました。するといつしか夢で転生したニコル君が見えるようになり、その頑張る姿に段々と《好意》を抱きました」
「そういう事か。それじゃ露店で出会ったのは、偶然じゃないんだね?」
「はい。でも歳を取るにつれ、死なせてしまった事に《罪悪感》が芽生え、打ち明ける勇気がありませんでした」
「《罪悪感》なんて、抱かなくていいよ。全然、気にしてないから」
「ありがとうございます。これで胸につかえていた物が、取れた気分です」
「うん。それは、良かった」
「私はこの先、前を向いて生きて行きます。だから私に気を使わず、ニコル君は故郷の幼馴染みの娘と、幸せになって下さい」
「分かった。ユミナの為にも、そうさせて貰う。でも、ユミナが本当に困っている時は、協力を惜しまないから」
「ありがとうございます」
そこで、一瞬言葉が途切れた。
「二人でいると外聞が悪いから、僕は帰るよ」
「ニコル君・・・」
ユミナは、寂しげな顔をした。
しかし、王太子殿下の妻になるユミナが、他の男と会っていたなんて噂が立つのは良くない。
僕は未練を断ち切り、帰る事にした。
「今まで色々と、ありがとうございました!」
「うん。それじゃ、元気で!」
別れを告げると、僕は立ち上がり応接室を出た。
◇
応接室を出てエントランスへ出ると、伯爵婦人が立っていた。
「話しは、終わったようね」
「はい。僕はこれで、失礼します」
「ごめんなさいね。私から、話しを持ち掛けておいて」
「いえ、しょうがありません。気になさらないで下さい」
「ところで、ニコル君」
「何でしょう?」
「ダニエル商会との取引を、止めたそうね」
「はい」
「貴族達の間で、ちょっとした噂になってるわ」
「そうですか」
「あなたの情報まで広まってないけど、商品のファンが嘆いてるわ」
「事情があって、しょうがなかったんです」
「そのようね。でも、王都でお店を出したいなら、協力するわよ」
「お言葉は嬉しいですけど、ご迷惑を掛けるので遠慮します」
「そうなの? ユミナちゃんの事は残念だったけど、またいつでもいらっしゃい」
「はい。ありがとうございます」
僕は伯爵婦人に見送られ、グルジット邸を後にした。
◇
平民街に《転移》し、落ち着く為に喫茶店に寄った。
「ユミナ。大丈夫だろうか?」
ユミナを王太子殿下に奪われたというショックは、少なからずあった。
しかしそれ以上に、貴族社会を嫌うユミナが、王室に入って耐えられるか心配だった。
「それにしても、ユミナがあの少女だったとは」
僕とユミナの出会いは何だったのか、コーヒーを飲みながら改めて考えた。
「そこに、愛はあるんか?」
シロンの言葉を思い出し、呟いた。
「あんないい娘、一緒に過ごせばその内愛が生まれたんだろうな」
僕にとって雲の上の存在であり、恋や愛に発展する前の段階だった。
第一僕にはミーリアがいて、この間までそんな事を考えて無かったのだ。
「彼女には、幸せになって貰いたいな」
僕はコーヒーを飲み干し、インスタントコーヒーを買って店を出た。
その時心は、幾分落ち着いていた。
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《第六章》は、ここまでです。




