第四十五話 決断の結果
コロネ子爵邸以来、二度目の牢獄である。
例の如く、手足を鎖に繋がれてしまった。
「行商人ニコル。ここを出たくば、《ガラス鏡》の製造場所を教えるのだ」
「何故でしょう?」
「お前の代わりに、私が販売を取り仕切ろう」
「私の仕事や利益を、奪うのですか?」
「そういう事だ。こんな儲け話し、見逃せまい」
「ですが、製造元は私としか取り引きしませんよ」
「それは、《権力》と《暴力》でどうにでもなる。お前は場所さえ教えれば、ここから出られるのだぞ」
「それでも、教えられません」
「強情なやつだ。どれ、口が軽くなるよう手助けしてやれ!」
「「はっ!」」
僕をここへ連れて来た大男二人が、こん棒を手にした。
「あーあ。テンプレにも、程があるよ」
「「何だと!」」
悪徳貴族に目をつけられ、今後王都での商売が難しくなった。
このまま殴られても助けが来る訳じゃないし、『鏡は、僕が作りました』なんて言える筈もない。
「しょうがない。諦めよう」
僕はこの時、決断した。
『キッ!』
大男二人と宰相に、《威圧》スキルを放った。
「「「ヒィーーー!」」」
三人は恐怖に怯え腰を抜かし、へたり込んだ。
『ガシャーン! ガシャーン! ガシャーン! ガシャーン』
僕は力任せに、手足の鎖を引き千切った。
「「「なっ!」」」
「これ以上、俺に構うな!」
『キッ!』
「「「ヒィーーー!」」」
再び、《威圧》スキルを放った。
「どうなんだ?」
「わっ、分かった。もう、手を出さない。約束する」
「本当だろうな?」
「ほっ、本当だ」
「僕から奪った《魔法袋》を、返して貰おう」
「わっ、分かった」
腰にぶら下げた魔法袋を、宰相に奪われていた。
とは言っても、僕にしか開けられないし、中身は空っぽだ。
魔法袋の中で、《亜空間収納》を使用する為のものだった。
魔法袋を受けとると、疑問に思った事を宰相に投げ掛けた。
「今回の鏡の製作、本当に《王命》なのか?」
「それは・・・」
「どうなんだ?」
『キッ!』
口ごもる宰相に、再び《威圧》スキルを放った。
「ヒィーーー!」
「言え!」
「おっ、《王命》ではない。あの書状は、お前を確実に呼び出す為、私が書いた」
「《文書偽造》か。王様に知られたら、大変だな」
「くっ! だが、《ガラス鏡》の依頼は本当だ」
「僕に献上させて、その代金を掠め取る気だったんだろう?」
「・・・」
「その上、製造元を傘下に収め、利益を貪る気だったんだな?」
「・・・」
「黙ってちゃ、分からないぞ!」
「おっ、お前の言う通りだ」
「下衆だな。今回の《ガラス鏡》の製作は、断る」
「そんな」
「それと、ダニエル商会とは、金輪際取り引きを止める。あんたみたいなのがいては、安心して商売できないからな。言っとくが、俺の情報は何も明かしてないぞ!」
これは、『ダニエル商会と縁を切る』と宣言する事で、被害が及ばないようにする措置である。
「おい! 手足の錠の鍵を寄越せ!」
魔法や錬金術でも外せたが、手の内は見せたくなかった。
勿論、力任せに外す事も可能である。
「はっ、はいー!」
大男の一人が、素直に鍵をよこした。
鍵を受け取ると、鎖のちぎれた錠を、一つずつ外していった。
「それじゃ、もう帰るから。俺に二度と関わるなよ!」
『キッ!!』
「「「ヒィーーーーー!!」」」
最後に、強烈な《威圧》スキルを放った。
すると、三人は失神してしまった。
他の牢獄の囚人が騒いでいたが、それに構う事無く地下牢獄を抜け出し城を後にした。
◇
「やってしまった。もう、ダニエル商会と取り引きできないや」
ダニエルさんにその事を伝える為、その足で初めて《本店》に足を運んだ。
店先で名前と用件を伝えると、店員は応接室に通してくれた。
すると、直ぐにダニエルさんとメゾネフさんが現れた。
「ニコルさん。久しぶりですな」
「お久しぶりです。メゾネフさんも、いらしてたんですね」
「ええ。ニコルさんの商品を、届けに来ました」
「そうですか。丁度良かった」
「もしかして、王家からの依頼の件ですかな?」
「その通りです。ダニエルさん。その事で、お二人に《お詫び》をしなければなりません」
「「えっ!」」
「実は」
この後、王城での出来事を二人に話した。
今回の件が《王命》でなかった事、宰相が依頼料金を搾取し製造元を傘下に治めようとした事、地下牢獄に閉じ込められ《威圧》スキルで脅し逃れた事を伝えた。
そして、ダニエル商会に目が向かないよう、僕の方から縁を切ると啖呵を切った事も話した。
「何て事に・・・・・」
「ニコルさん・・・・・」
「本当に、すみません」
「宰相様の計略でしたか。気付きませんでした。悪い噂は、たくさん耳にしてます」
「酷い話しです」
「それで、僕に関わるとまずいので、取引を止めようと思います」
「困りましたな」
「残念です」
「お二人のお陰で、僕も故郷の村も貧乏から脱する事ができました。本当に、ありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそニコルさんのお陰で、稼がせていただきました」
「ニコルさん。情勢が良くなったら、また取り引きしましょう」
「はい。今まで、お世話になりました」
挨拶を済ませると、僕はダニエル商会本店を後にした。
こうして僕は、一番の取引先を失ってしまった。




