第四十四話 王城からの呼び出し
仕入れの旅の途中、一ヶ月ぶりに王都へ行き《御食事処やまと》で食事を済ませた。
いつものように一味唐辛子を卸すと、茶髪のカツラと伊達眼鏡で変装し、ダニエル商会へ向かった。
応接室に案内され待っていると、メゾネフさんが大慌てで入って来た。
「ニコルさん、大変です。《王家》から本店の方へ、《鏡》の発注が来ました。特注デザインと、サイズの要望です」
「王家ですってーーー!!!」
メゾネフさんの爆弾発言に、思わず大声を上げてしまった。
「はい。貴族の方から王家の方へ鏡が渡り、大層気に入られたようです」
「はー、そうですか。でも、オーダーメイドは製作に時間が掛かりますし、受け付けてないんですよね」
「ダニエルオーナーも、『仕入れてるだけで、作れるか分からない』と申し上げたのですが、『《王命》だ!』と言われたようです」
「えっ! こんな事で、王命ですか?」
「はい。私も初めての事で、戸惑ってます」
「断ったら、どうなります?」
「そんな事、言わないで下さい。ニコルさんもダニエル商会も、まずい事になります」
「まずい事? 具体的に言いますと?」
「ニコルさんは、《国家反逆罪》。ダニエル商会は、良くて営業停止ですかね」
「それは、不味いですね。僕は兎も角、ダニエル商会さんに迷惑が掛かる。でも、製作側が断るかもしれませんよ」
その製作者は僕なのだが、内緒にしているので、言っておく必要があった。
「それも含めて、何とかして下さい」
「うー、胃が痛くなってきた」
僕が死んだ様な表情をしているので、メゾネフさんは話し掛けにくそうにしている。
「あのー、それでですね。打合せがあるので、ニコルさんに王城へ出向くよう言われました。これが、その書状です。これがあれば、王城に入れるそうです」
「書状ですか?」
僕は書状を受け取ると、その場で封を開け読んだ。
「速やかに来るよう、書かれてますね」
「よろしくお願いします」
この後商品を急いで卸し、ダニエル商会をお暇した。
◇
「どうしてこうなった? 戦争騒ぎも、まだ治まってないのに。しかも、王命って。・・・このまま逃げるか?」
僕の脳裏に、良からぬ思いが浮かび上がった。
「いやいや。ダニエル商会さんの、面子を立てないと」
しかし、何とか思いとどまった。
「この流れ、問題が起こりそうなんだけど」
不安に思いながらも、僕の足は貴族街に向かった。
その途中、カツラと伊達眼鏡を外し、普段の格好に戻した。
◇
貴族街を通り、王城の門の前に到着した。
門兵に書状を見せると案内人が現れ、待合室に通された。
そして、担当者が来るまで、待つ事となった。
『キー、ガチャ!』
一時間程待つと、扉が開かれ人が入って来た。
「お前が、《ガラス鏡》の卸し人か?」
僕は、慌てて立ち上がった。
「はい。行商人のニコルと申します」
「《宰相》のジョセフ・ラビネットだ」
待たされた挙げ句来た人物は、この国の宰相様だった。
『あれ? 宰相? 何だっけ?』
この時こんな事が頭を巡ったが、咄嗟な事で思い出せなかった。
「宰相様で、らっしゃますか?」
「そうだ。まあ良い。座れ」
「はい」
僕は促されるまま、ソファーに座った。
「お前の扱うガラス鏡は、実に見事だ。王家の方々も、大層褒めてらっしゃったぞ」
「ありがとうございます」
「そこで、王家に相応しい品を発注したい。これが、その図面だ」
宰相様から図面を受け取り、どのような物か確認してみた。
そこには豪華な装飾の枠が描かれ、芸術品と言ってもいい程の物だった。
中には、金の装飾や宝石の付いた物まである。
そして、大きい物で高さは三メートルを越えていた。
それらは、全部で二十五枚にも及んだ。
「宰相様。これらはいくら何でも、既存の物から掛け離れております。これでは、木工細工や金細工の熟練の職人が必要です。しかも、これだけ大きな鏡を作成する、設備や技術があるかも分かりません」
「作れるかどうかではない。作らせるのだ。そして、王家に《献上》しろ。そうすれば、お前を王室お抱えの行商人にしてやる」
「それは、費用を私が負担するという事でしょうか? かなりの金額になると、思われますが」
「そんなもの王室お抱えになれば、長期的に回収できる」
「そうは仰られましても、私はただの行商人です。この費用を負担するのに借金したら、破産するのは目に見えてます」
全て錬金術で作れるので、破産するというのは嘘である。
「ふん。できないのであれば、お主の行商人の資格を、永久に剥奪する」
「そんな!」
「私には、造作もない事だ」
国王様の側近である宰相には、それが可能なのだろう。
しかし、言いなりになんて、なりたくなかった。
「そうですか。分かりました」
「おお、分かったか?」
宰相は、にこやかに言った。
「はい。私の資格、剥奪してください」
「何ー! 私に逆らう気かー!」
宰相の頭には、この返事は無かったようである。
「破産するより、マシです」
「そうか。それなら、牢獄に入って貰おう」
「えっ!」
部屋の外から大男が二人入って来て、僕は後ろ手に縛られてしまった。
この後、僕は地下牢獄へ入れられた。




