第十九話 コロネ子爵邸とその噂
六月に入り一週間が過ぎた頃、エシャット村では小麦の収穫が始まった。
村人達は《乗用収穫機》や《乗用荷車》の扱いは慣れたもので、昨年以上の早さで収穫が行われた。
「ニコルにいちゃん、すごいね。こんなのはじめてみた」
「そうだろ。ルークも、今度乗ってみるか?」
「いいの?」
「ああ。仕事の邪魔に、ならない時にな」
「やったー!」
前世でもそうだったが、男の子は乗り物に興味を示す事が多かった。
今日は村の一大行事である小麦の収穫を、ルークに見せていた。
◇
一方、コロネ子爵邸はというと、二週間が過ぎた今でも状況は変わらなかった。
「えーい忌々しい! まだ、何とかならんのか!」
「はい、そのようでございます」
「《闇オークション》に出品できないわ、王城での仕事が滞るわ、このままでは我が子爵家は立ち行かなくなるぞ」
「その通りで、ございます」
「だったら、調査隊をもっとけし掛けろ!」
「ですが、散々催促はしてございます」
「いいから、行け!」
「はい、畏まりました」
筆頭執事は、『急かしても、どうにもならない』と思いながらも、主人の命令に逆らえなかった。
◇
その頃のアルフォードはというと。
「アルフォードお兄様、私は学園に行きたいです」
「僕もです」
「ええい、私が外に出られないんだ。お前達も我慢しろ!」
「「そんなー!」」
学園の中等科と初等科に通うアルフォードの妹と弟は、屋敷から出る事ができた。
しかし、父や兄の命令で、屋敷に篭っていた。
「アルフォード、いいではないの。二人を、学園に行かせてあげましょ」
「母上。二人が学園に行ったら、内情を根掘り葉掘り聞かれてしまいます」
「隠しても、いづれ分かってしまうわ」
「貴族である我々が、何者かに幽閉されてるのですよ。これは、コロネ家の恥です」
「でも、私もいいかげん出たいわ」
実はアルフォードの母親も、屋敷から出る事ができた。
「お願いします。母上! 大人しく、屋敷にいてください」
「どうしましょう」
アルフォードは家族に対してまで、理不尽な事を言っていた。
◇
屋敷の外では、王城から来た調査隊や各分野の専門家でさえも、解決できないでいた。
「*****、*******、*****、*******、*******、結界解除!」
『・・・・・』
「*****、*******、*****、*******、*******、結界破壊!」
『・・・・・』
「何度やっても、変化無しか。込められてる魔力が、尋常じゃないな」
「もう、無理だって。俺のミスリルの剣での必技さえも、歯が立たない。どうにもならないぜ」
「いや、諦めたらそこで終わりだ」
「また、お前の魔法馬鹿が発動したな。付き合ってらんねーぜ」
「何を言ってる。こんな面白いものを、前にして」
「だから、馬鹿だっつてんだ。これはもう、宝物庫の《宝剣》を持ち出すしかないんじゃないか? 『結界を切り裂く』って、言われてるだろ」
「こんな事に、《宝剣》を持ち出せんだろ」
「それもそうだな。だったら、魔力が切れるのを待つしかないな」
「俺は、諦めん!」
この二人は、今日初めて現場に召集されたユミナとエミリの兄である。
二人が手を拱いていると、玄関からメイドが出て来た。
「あのー。お忙しいところ、すみません」
「何だ?」
「子爵様から、急ぐようにと言付かってまいりました」
「急げと言われても、今のところ打つ手が無いんだ」
「はー、そうですか?」
メイドは、それ以上何も言えなかった。
「おいっ! 屋敷の中に入るぞ!」
「お前出られなくなるかもしれないのに、屋敷に入るって馬鹿なのか?」
実は調査隊の内二人が、既に屋敷から出られなくなっていた。
「真実を確かめるには、必要だろ!」
「やっぱり、馬鹿だな」
「中からなら、何とかなるかもしれない」
「それは、否定できないが」
「いいから、お前も付き合え!」
そう言って、二人は屋敷に入っていった。
◇
王国学園魔法科二年生の教室では、こんな会話がされていた。
「アルフォード・コロネの奴、病気だとか言って休んでたけど、やっぱり家から出れなくなったんだってさ」
「思った通りだな。しかし、屋敷から出られる人と出られない人がいるなんて、変な《結界》だな」
「本当にな」
「でも、未だに解除できないって、よっぽどだな」
「ああ。いったい、誰の仕業なんだ?」
それを聞いていた、エミリとユミナ。
「ざまー無いわね。ずっと、閉じ込められていればいいのに。ユミナも、そう思うでしょ」
「ノーコメント」
「あら、本当は良かったと思ってるんでしょ」
「ノーコメント」
「付き纏われなくて、いいじゃない」
「ノーコメント」
こんな会話が、されていた。
噂はその内無くなるが、コロネ子爵が屋敷から出る事は当分無かった。




