第六話 ニコル、拉致られる
僕は二人の屈強な男に、腕を捕まれてしまった。
この時点で、僕達は店員や客から注目を浴びていた。
「あのー。店内での揉め事は、ご遠慮願えませんか?」
「分かっている。こいつは、知り合いだ。個室に案内しろ」
「はー、そうですか」
店員は、『チラッ』とこちらを見た。
僕がここで否定したら、店員を巻き込むんじゃないかと思い、小さく頷いた。
「それでは、ご案内します」
僕達は店員に案内され、個室に移動した。
◇
僕を捕まえるよう命令した青年は、席に着くと一人分のケーキと紅茶を注文した。
そして、店員が部屋を出ると、僕に向き直り言葉を発した。
「やっと捕まえたぞ、虫けら。よくも、散々逃げてくれたな。今日こそ、地下牢にぶち込んでやる。覚悟しろ!」
僕を虫けら扱いするこの青年は、ユミナに気があるいつぞやの子爵家嫡男だった。
名前は確か、アルフォードのはずである。
未だに僕の事を覚えてるとは、随分恨まれてるようだ。
「そんなー、僕は何もしてないじゃないですか」
「何もして無いと、どの口がほざく。貴様が逃げるから、こっちは長い事探したんだ。逃げた期間、罪は重なる。貴様には、不敬罪と逃亡罪が適用する」
「酷い。そんなの横暴だ!」
『ボフッ!』
「うぐっ」
「口の利き方を、慎め!」
僕が抗議すると、従者の一人に腹を殴られてしまった。
しかし、ステータスが高いので、全く痛く無かった。
それを態度に示すと、更に殴られそうなので演技をしている。
「貴様、ユミナ嬢とはどんな関係だ?」
そんな事急に聞かれても、正直何て答えていいか困ってしまう。
「露店商とお客さん?」
「惚けるつもりか!」
「いいえ。別にそんなつもりありません」
「随分前、この店の前で待ち合わせてただろ!」
「そんな事、ありましたっけ?」
「こいつ、ヌケヌケと!」
『トントン!』
「ケーキと紅茶を、お持ちしました」
いいタイミングで、店員がやって来た。
「入れ!」
「失礼します」
店員はケーキと紅茶をテーブルに並べ、『チラッ』っと僕を見てそそくさと出ていった。
「紅茶が冷める。こいつには、後でゆっくり聞くとしよう」
そう言って、アルフォードはティーカップを口に運んだ。
◇
アルフォードのティータイムが終わると、僕は両腕を掴まれたまま喫茶店を出た。
『はー、どうしよう。面倒だけど、一回くらい付き合うか』
いつでも逃げる事はできたが、気紛れで同行する事にした。
馬車に乗せられると、僕は直ぐに後ろ手に縛られた。
「止めろ! 放せ!」
『ボフッ!』
「ぼへっ!」
抵抗すると、再び腹を殴られた。
先程より力が入っていたが、全く痛く無い。
痛いふりをして床に座り込むと、頭に黒い袋を被せられた。
「痛い目にあいたく無かったら、抵抗するんじゃねえぞ」
男は僕の耳元で、低い声で呟いた。
そして、馬車は静かに走り出した。
◇
馬車は、子爵家の屋敷に到着したようだ。
アルフォードは馬車を降り、そして言い放った。
「そいつは、地下牢へ入れとけ。後から行く」
「分かりました」
馬車は屋敷の裏口へ回され、僕はそこで降ろされた。
そして、男達に地下牢に入れられ鎖で繋がれた。
暫くすると、アルフォードが一人で現れた。
「袋を外せ!」
「はい」
僕は、頭の袋を外された。
「おいっ、虫けら。名前があったら、聞いてやる。言ってみろ!」
「虫けらのままで、いいです」
こんな奴に、素性を明かす訳がない。
いろいろと知られたら、弱みを握られてしまう。
暴力に訴えられても、言うつもりは無い。
まあ、効きはしないんだが。
ちなみに、商業ギルドカードは《亜空間収納》にしまってある。
「ふざけやがって!」
アルフォードは僕の返事に怒り、拳を振り上げた。
しかし、その手は直ぐに下ろした。
「まあいい。これから、私の憂さ晴らしに付き合って貰う」
そう言うと、壁に掛けてある鞭を手にした。
「どうだ。泣いて無礼な態度を、謝ってみろ」
「嫌です」
「貴様、顔に似合わず強情だな」
「僕は、理不尽な暴力に屈しない」
「くそっ、生意気な!」
『ビシッ! ビシッ! ビシッ! ビシッ! ビシッ! ビシッ! ビシッ! ビシッ! ビシッ! ビシッ!』
「うわーーーーーーーーーー!」
僕は演技で悲鳴を上げたが、全然痛く無かった。
この後、アルフォードの憂さ晴らしは暫く続いた。
◇
「ふん! 貴様は《闇オークション》で、売り飛ばしてやる。ユミナ嬢を誑かすその面で、男色家の慰み者になりやがれ!」
『顔を狙わないと思ったら、そんな理由があったのか。そんなの御免である』
僕がそんな事を考えていると、アルフォードは語りだした。
「ユミナ嬢は、もうそろそろ《結婚》を考えてもいい年齢だ。しかし、数多ある誘いを、彼女は頑なに拒んでいる。この私でさえもだ!」
『こいつ、何語ってるんだ?』
僕は、そう思った。
「私の知る限りユミナ嬢と親しい男は、エミリ嬢の兄上達。そして、貴様だ!」
『そうなのか?』
「しかし、ラングレイ家と婚約したという話しは、耳に入って来ない」
『へー』
「そういう訳で、貴様がユミナ嬢を誑かしていると結論付けた」
「えっ!」
「惚けた顔をして、何を驚いてる。図星なのだろう?」
「いえいえ、そんな事ありません。会う事なんて、ありませんから」
確かに、ユミナとは随分会ってない。
「ふんっ! 貴様がいなくなれば、ユミナ嬢の気が変わるかもな」
ニコルはピンと来ていなかったが、アルフォードの推測は的を射ていた。




