第四話 ニコルっちのケチー!
ケーキ作りを始めて三日目、マルコさんの腕は既に僕が錬金術で作るケーキと遜色の無いレベルになっていた。
今は、そんな日のお昼休みである。
「ケーキって、どうしてこんなに美味しいんだろ。これから、毎日食べられるなんて幸せだよね」
「ウェンディ、何を言ってるんだ? マルコさんの特訓が終わったら、《試食》も終わりだぞ!」
「「「「「えー!」」」」」
女性陣から、驚きの声が上がった。
子供達は言葉の意味を理解できなくて、大人達の様子を窺っていた。
「ニコルっち、何でよ!」
「『何でよ!』って、当たり前だろ! 材料だってタダじゃないんだ。商品として作った物を、毎日あげる訳にいかない!」
「でも、お昼のパンはタダだよ!」
「それは、それだ!」
「そんなんじゃ、分かんない!」
「それじゃ、ちゃんと説明するぞ。ケーキの材料は、苺を始め数が少ないんだ。当然、スーパーで売られる数も少ない。ここで食べてしまったら、村のみんなが買う分が減るだろ。それに最大の理由は、パンに比べてケーキはずっと高額だからだ!」
「ニコルっちのケチッ!」
「また、言ってるよ」
「さあ、みんなも一緒に言うのよ! 『ニコルっちのケチー!』って!」
「「「どうして?」」」
子供達は理由が分からず、聞き返した。
「もう、ケーキを食べさせてくれないんだって!」
「「「えー!」」」
「ケーキを食べたかったら、ちゃんと言うのよ!」
「「「うん!」」」
「ニコルっちのケチー!」
「「「ニコルっちのケチー!」」」
『グサッ!』
小さい子供達に言われると、思ったより胸に刺さる。
「おいっ! 子供を使うのは、卑怯だろ!」
「へへーん! そんなの知らないよー!」
「くそっ!」
『こうまで言われてしまうと、信念が折れそうだ。せめてケーキの代案を、考えた方がいいのだろうか?』
そんな、弱気な思考に陥ってしまった。
◇
「それじゃ、ケーキよりお手頃の材料で、美味しいお菓子の作り方を教えるよ」
「それなら、いっぱい食べさせてくれるの?」
「いっぱい食べたら、ケーキと同じ事になるだろ。いっぱいは、駄目だ」
「それじゃ、嫌!」
ウェンディは、子供のように駄々を捏ねた。
「ウェンディ! ニコルを、あまり困らせるんじゃない!」
マルコさんが見かねて、ウェンディを注意してくれた。
「えー、だってー!」
「ウェンディ!」
マルコさんは、少し強い口調で言った。
「分かった。少しでいい」
ウェンディが、『シュン』としてしまった。
僕よりマルコさんの言葉の方が、効き目があるようだ。
「みんなも、それでいいかい?」
「「「「「「「うん」」」」」」」
子供達までマルコさんの勢いに押され、頷いていた。
「マルコさん、ありがとう」
「いや、別にいいよ。どう考えても、ウェンディの我儘だ」
「それで、お菓子作りの準備をしたいんですけど、マルコさんの方はもう大丈夫ですよね」
「そうだね。今日中に完璧にできるようにして、あと一日か二日反復練習というところかな」
「分かりました。午後からも、頑張りましょう」
「ああ」
この後、自宅に帰って昼食を取り午後に備えた。
◇
その日の夕方、マルコさんは自分で納得できる《苺のショートケーキ》を完成させた。
「会心の出来だ!」
「やりましたね」
「これも、ニコルのお陰だよ」
「いえいえ、マルコさんの頑張りと才能ですよ」
「ははっ、ありがとう」
マルコさんは、照れくさそうに笑った。
「明日は、お菓子作りの準備があって来れそうにないですけど、大丈夫ですか?」
「そうだね。取り敢えず、一人でも大丈夫だ」
「明後日は、お菓子作りを女性陣に教えに来ますね」
「済まないね」
「それで、一つお願いなんですけど」
「何だい?」
「僕がいない間、ウェンディが勝手にケーキを食べないよう、見張ってくれませんか?」
「ははっ、分かった。それにしても、ウェンディは信用無いんだな」
「そうですね」
この後、ケーキを回収し自宅に帰った。
◇
その日の夕食後、お菓子作りの準備を進めた。
僕が作ろうとしているお菓子は、《クッキー》だった。
クッキーなら、ケーキの材料で作れる筈である。
「ご主人。まだ、何かする気かニャ?」
「ああ、ちょっと訳があってな」
「最近、ご主人構ってくれないニャ」
「ははっ! それじゃ、僕がいつもシロンを構ってるみたいじゃないか」
「ご主人、酷いニャ」
そんな遣り取りもありつつ、《検索ツール》でクッキーの作り方を調べた。
「よし、材料は大丈夫だ。後は、《作業マニュアル》だな」
そう呟きつつ、作業マニュアルの作成に取り掛かった。
明日は、指導できるよう僕自身の特訓が待っている。
◇
クッキー作りの特訓を終え、さらにその翌日。
「どうですか?」
「「「「美味しい!」」」」
「良かった」
「それに、作り方も難しくないわ」
「それでは、みなさんも早速作ってみましょうか?」
「「「「はーい!」」」」
こうしてクッキーは作られ、ウェンディや子供達にも受け入れてくれた。
「あまあまー」
「うまうまー」
「おいちーね」
「まあ、これなら許してあげるわ」
「ウェンディは、何を偉そうに言ってるんだ」
「ぶー!」
やがてクッキーは、スーパーに商品として並べられる事になる。
また、マルコさんの特訓もこの日を持って終了し、僕の代わりに《苺のショートケーキ》作りの担当になった。




