第一話 ウェンディの策略
僕は久しぶりに、パン工房を訪れた。
「マルコさん。調子はどうですか?」
「やあ、ニコル。いつもと変わり無く、順調だよ」
「そうですか」
こうしてたまに様子を見に来て、困った事は無いか聞いている。
「ヤッホー、ニコルっち。もうそろそろ、《ケーキ》を作ろうよ」
僕がパン工房に訪れると、ウェンディがいつも同じ台詞を言ってくる。
「前にも言ったろ。ケーキは材料費が高いし、作るのが難しいんだ」
「ニコルっちのケチッ!」
「どうせ、ケチだよ」
「ねえ、ねえ、マルコさんもケーキ作りたいよね」
ウェンディは、パン作りをしているマルコさんに話題を振った。
「そうだね。正直、作りたい気持ちはあるよ」
「ほらー」
「『ほらー』って、マルコさんとウェンディでは、理由が違うだろ」
ウェンディは理由を付けて、ケーキを食べる気でいるに違いない。
マルコさんはその性格から、純粋に作る事に興味があるのだろう。
まだレベル1だが、いつの間にか《調理》スキルを取得していた。
「私は、ケーキが好きなの!」
「食べるのがだろ」
「そうだよ」
ウェンディは悪びれる事も無く、そう言い切った。
「ニコル、どうだろうか? 僕にケーキの作り方を、教えてくれないか?」
「マルコさん・・・・・」
いつも控えめなマルコさんが、意外な事を言ってきた。
「あれは、素晴らしいお菓子だ。たまに想像して作ってみたけど、全然上手くいかないんだ」
マルコさんは、真剣な目で訴え掛けてきた。
「仕方無い。マルコさんがそこまで言うなら、やりますか」
「やったー!」
「ウェンディ! 教えるのは、マルコさん一人だからな」
「えー、何でー!」
「材料費が高いんだ。失敗作を、いっぱい作られても困る」
「ぶー!」
「マルコさん。準備もあるんで、一週間後でいいですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
「一応、父さんに僕から話しておきます」
「頼むよ」
こうして、一週間後にケーキ作りを教える事になった。
しかし、錬金術でしか作った事が無いので、僕はその順備とケーキ作りの特訓をする羽目になった。
◇
パン工房を後にし、その足で父さんに相談しに行った。
パン工房は村長である父さんの管理下にあり、材料は全てスーパーからの支給品である。
新しい事を始めるので、報告の義務があった。
「おっ、やっとその件で来たか」
「父さん、知ってたの?」
「ああ、ウェンディが『ニコルを説得してくれ』って、よく来てたぞ」
「それで?」
「『自分で説得しろ』って言ったら、『ちぇっ、マルコさんに相談しよう』って言ってたな」
「ウェンディめ、マルコさんを巻き込みやがって」
父さんから、この件はウェンディの策略だった事を示唆された。
「まあ、この際だ。教えてやれよ」
「そうだね。いずれ、教えるつもりでいたから」
僕は自宅に帰り、準備に取り掛かった。
◇
どのケーキを作るか迷ったが、定番の《イチゴのショートケーキ》に決めた。
そして、最初に材料の確認を行った。
たまご・バター・牛乳・苺は、《亜空間収納》にしまってある物をそのまま使用する。
薄力粉・グラニュー糖・生クリームは、手持ちの材料から新たに錬金術で作った。
作り方は《検索ツール》で調べ、パンと同じように図解入りの《作業マニュアル》を作成した。
調理道具も、一通り錬金術で作った。
たまごや生クリームを手で掻き混ぜるのは大変なので、《ハンドミキサー》の魔道具も作ってある。
そして、ケーキ作りの順備は整った。
ケーキ作りの準備だけで、翌日の夕方まで掛かってしまった。
シロンやシャルロッテの世話もあるので、一日中準備に没頭できなかった。
「ご主人、お腹空いたニャ」
「ごめん、ごめん。シャルロッテに食事をやったら、実家に食べに行こう」
『ご主人様、お腹空きました』
言ってるそばから、念話でシャルロッテの催促がきてしまった。
『シャルロッテ、ごめんな。今、行くよ』
「ニコルちゃん。ごはんよー」
「母さん、先に食べてていいよ。シャルロッテに、食事をやってから行く」
「ごはんが冷めちゃうから、早く来てね」
「分かった」
何かと僕は、忙しいのだ。
◇
準備が整ったところで、翌日からケーキ作りに取り掛かった。
「固いな。また、失敗だ」
僕は初期段階の《スポンジケーキ作り》から、躓いていた。
どうしても、固くなってしまう。
「スポンジケーキ作りを、舐めてたよ。こんなに難しいんだ」
《検索ツール》で調べると、いろいろと注意点が書いてある。
だからと言って、感覚的にそれが身に付くまで、経験が必要だった。
そして、マルコさんと約束してから五日後の夕方。
「何とか、コツを掴んだぞ。これで、マルコさんに教えられる」
《料理》スキルレベル1があるにも関わらず、商品として納得いく物ができ上がるまで、四日も掛かってしまった。
失敗作は山程あったが、捨てるのも勿体無いので、錬金術で商品として作り直している。
はっきり言って、錬金術で作った方が手っ取り早かった。




