第二十七話 ウェンディの思惑
調理場をみんなに案内した後、作業マニュアルを併用し、実際にパン作りを見せる事にした。
文字の得意でない人が多いので、図解入りにして本当に良かったと思った。
文字の勉強は、追々進める事にする。
作業マニュアルには、工程・道具・材料・分量・時間等が記載されている。
これを見ながら作業すれば、ふんわりとした白パンを作れるようになっている。
まずは、貯蔵庫から材料を取り出し並べた。
「ニコルっち。それ、小麦粉なの? 真っ白だね」
「美味しいパンを作るには、この白い小麦粉が必要なんだ。小麦の粒の中身だけ、使ってるんだぞ」
「へー、そうなんだ」
小麦粉・塩・砂糖・イースト菌を混ぜて水を足し、丁寧に捏ねてから三十分程一次醗酵させた生地をみんなに見せた。
「ニコルっち。生地が、さっきより膨らんでるよ」
「これは、イースト菌の働きで膨らんだんだ。だからって、入れ過ぎると膨らみ方が悪くなるからな」
ウェンディの場合、釘を刺して言っておかないと心配だった。
生地をガス抜きし、小分けにして三十分程二次醗酵させ、オーブンで焼いてパンを取り出した。
「ニコルっち。パンが、ふんわりしてるよ」
「材料の分量と手順を間違えなければ、こういうパンができるんだ」
「おいしそー。食べてもいい?」
「ああ、食べていいぞ」
「やったー!」
みんなに出来立てのパンを配り、食べて貰った。
「ニコルっち。凄く柔らかくて、美味しいよ」
「そうだろ。バターを入れると、もっと柔らかくなるぞ。みんなには、こういうパンを作って貰うんだ」
「味見なら、私に任せてよ」
「ウェンディも、パン作り頑張ってみろよ」
「そうだね。頑張る」
ウェンディにやる気を促していると、マルコさんが少し興奮気味に話し掛けて来た。
「ニコル。このパンは、凄いよ。僕はこういうのを、目指してたんだ」
「気に入ってくれましたか。でも、マルコさんこそ凄いですよ。自分で考えて、あそこまで美味しくできたんですから。僕のは、人からの受け売りですから」
本当は、前世の知識と《検索ツール》のお陰なんだけどね。
「そう言って貰えると、嬉しいよ。僕のパン生地は、エールを入れて醗酵させたんだ」
「へー、エールを使ったんですか」
自分の力で、そこに行き着く発想力に関心した。
マルコさんがいれば、パン工房は安泰に思えた。
◇
次の日から、早速みんなにパンを作って貰った。
日頃からやっている事なので、慣れるまでにそれほど時間は掛からなかった。
一人を除いて、数日で作業マニュアル無しで白パンを作れるようになっていた。
「ウェンディ、もう諦めたのか?」
「諦めてないよ。今は約束通り、洗い物や片付けをしてるの」
「そうか、頑張れよ」
ウェンディは、《水属性魔法》を活かして洗い物をしていた。
みんなには、採用を決めた日から一ヵ月後、スーパーで売る事を目標にして貰った。
商品のラインナップは、食パン・丸パン・コッペパン・バターロール・クロワッサンである。
売れ行きがいい事を想定して、発売日までたくさん作り溜めするつもりだ。
◇
発売日当日、噂を聞き付けてスーパーに人だかりができていた。
その様子を、僕とマルコさんは離れて見ていた。
「マルコさん。売り上げ上々ですね」
「本当だね。味には自信あるけど、値段が割りと高いよね」
「これでも、王都の半額以下ですよ。黒パンを自分で作る手間と美味しさを考えたら、妥当だと思いますよ」
「そうだね。僕らの給料も、ここから出るんだったね」
「そうですよ。マルコさんは責任者なんだから、利益の事も考えてくださいね」
「パンだけ作ってる訳には、いかないんだね。やっぱり、断ろうかな」
「そんな事言わず、頑張ってくださいよ。男はマルコさんだけなんですから、みんなを引っ張って行ってください」
「分かったよ。その代わり、困った時には相談に乗って貰うよ」
「大丈夫です。ちゃんと協力しますって」
スーパーを後にしパン工房へ行くと、休憩所ではウェンディが子供と遊んでいた。
実は採用した女性五人の内三人は既婚者で、三人共小さい子供がいた。
たまに僕の家にも来ていたが、二歳と三歳なので面倒を見るのが大変だった。
「ウェンディ、楽しそうだな」
「あっ、ニコルっち。子供好きだし、楽しいよ」
「ウェンディが面倒を見てくれて、助かったよ」
「へへん、私も役に立ったでしょ」
「そうだな。ちゃんと、役に立ってるぞ」
「ところで、ニコルっち。お菓子は、作らないの?」
「パン作りが、落ち着いてからだね」
「そうなんだ。残念」
ウェンディがここで働く理由は、『ここにいればパン以外にも、いつかお菓子が食べれるんじゃないか』と、思っての事だった。




