第二十六話 パン工房
僕はリートガルド伯爵領の領都から帰ると、早速パン工房の準備に取り掛かった。
「白パンを作るには、質の良い小麦粉は必須だな」
エシャット村では水車の動力で石臼を回して、籾取りした小麦を表皮ごと粉になるまで挽いている。
イースト菌を使わない上に、表皮まで混ざった全粒粉で作るパンは、どうしても硬くなってしまう。
ちなみに、イースト菌は個人的に培養して既に持っていが、村にはまだ広めてない。
小麦粉作りの専門知識が無いので、今回も《検索ツール》で調べてみた。
小麦の粒は表皮と胚芽と胚乳からできていて、その内胚乳だけ使うと白パン用の小麦粉になる。
だが、余分な表皮と胚芽を取り除く工程が、かなり面倒臭い事が分かった。
今更だが、白パンが高額な理由の一つが分かった。
「従来通りの方法だと、手間が掛かり過ぎるぞ。小麦粉作りに、多くの人は使えないや」
僕はパン工房での小麦粉作りを早々に諦めて、錬金術で作った物を提供する事にした。
◇
次に大事なのは、パンを焼く設備だと思い早速取り掛かった。
「村では石釜を使ってるけど、これじゃ大量に焼けないな。『餅は餅屋』と言うし、『パンはパン屋』を調査した方がいいな」
僕は、王都で最初に買ったパン屋を調べた。
「魔道具の業務用オーブンか。これなら、一度にたくさん焼けそうだ。これを作っちゃえば、手っ取り早いな」
早速《検索ツール》で構造を調べ、《亜空間収納》の中で錬金術を使い同じ設備を作ってしまった。
「よし、できた。次に必要な物は、何だっけ?」
そこまで呟いて、初めて気が付いた。
なんとなく白パン作りのイメージはあったのだが、詳しい事は知らなかった。
錬金術で作る時は、完成品をイメージできたので工程は必要なかった。
「良く考えたら、黒パンと白パンでは作り方が違うよな。村人に説明しないといけないから、図解入りの《マニュアル》が必要だ」
僕は設備や道具を揃える前に、マニュアル作りを先に行う事にした。
《検索ツール》で調べながらマニュアルを作成すると、かなり知らない事があった。
小麦粉の量に対するイースト菌の分量、一次・二次醗酵の温度・湿度・時間の管理、一次醗酵後のガス抜き。
これらが上手くいかないと、ふんわりしたパンにならないのだ。
「安易にパン工房作りを考えてたけど、いざ取り掛かってみるとやる事が結構あるぞ」
思わず、愚痴を零してしまった。
「問題があれば、その都度改善していくしかないな」
この後右往左往しながらも、着々とパン工房の準備を進めていった。
◇
一ヵ月後、準備は整った。
スーパーの裏にパン工房を建築し、設備や道具を設置して、僕の手で試作品を作ってみた。
上手い具合に設備も稼動し、いい感じの白パンを作る事ができた。
ちなみに、工房ではパンの販売はせず、スーパーで販売して貰う事になった。
準備が整ったので、村人の中からパン作りに自身のある人を募集してみた。
そして、腕前を確認する為にいつも使ってる全粒粉の小麦粉で、パンを作って持って来て貰った。
審査は、僕と父さんと母さんで行う事になった。
「ウェンディ。何でここにいるんだ?」
「ここで働けば、美味しいパンをただで食べれるんでしょ!」
ウェンディは、本気とも冗談ともとれる口調で言った。
「それは違うぞ。美味しいパンを、作れる人を募集したんだ」
「ぶー! そんな事知ってるわ。私を見くびらないでね」
ウェンディは自信ありげだが、料理をするなんて聞いた事がなかった。
パンが美味しければ、採用するんだけどね。
応募者は、ウェンディを入れて六人。採用は、五人の予定だ。
早速パンを一口サイズに切り分け、僕と父さんと母さんで、みんなが作ったパンを食べてみた。
六人のパンを食べ終え、評価を伝える時が来た。
「うん。一つ、不味いのがある。そして、美味しいのも一つある。その他は、普通だね」
「そうだな。俺も同じ意見だ」
「母さんもよ」
父さんも母さんも、同じ意見だった。
「僕が美味しいと思ったのは、この皿のパン」
「俺もだ」
「母さんもよ」
父さんと母さんが美味しいと感じたのも、僕が選んだパンだった。
「えー! 私のじゃないのー!」
それを聞いて、ウェンディが叫んだ。
「ウェンディ。凄い自信だけど、一つだけ不味いのは、お前のパンだからな」
「うそー!」
「いや、俺も同意見だ」
「ウェンディちゃん、ごめんね。私も同じよ」
「えー! それじゃ私、ここで働けないのー?」
「ウェンディ以外の五人は、合格でいいと思う」
「そうだな」
「お母さんも、賛成よ」
「ひどーい! 私だけ不合格なのー! 頑張って作ったのにー!」
「しょうがないだろ。お前の作ったパンじゃ、誰も買ってくれないぞ」
「ニコルっち。将来性を、買って欲しいのよね。将来性を!」
「どう思う父さん?」
「洗い物や掃除や片付け、やる事はいろいろあるから、いいんじゃないか?」
「父さんは、甘いな。それじゃ、パン作り以外の仕事をするという事でいいね」
「やったー! それでいいよ」
ウェンディは将来性をアピールする事で、なんとかパン工房で働ける事になった。
「今回一番美味しかったのは、唯一男のマルコだ。お前、ここの責任者になってくれないか?」
「えっ、僕ですか? パンを作るのは好きですけど、責任者は荷が重いです」
「大丈夫だって。困った事があれば、俺やニコルに言ってくれ」
「そうですか。それなら、引き受けます」
マルコさんはちょっと気弱な、二十二歳の独身男性だった。
その後、更衣室・休憩室・トイレ・洗面所・貯蔵庫を案内し、最後に調理場を案内した。
「「「「「うわー、凄ーい!」」」」」
「本当に凄いですね。初めて見る設備や器具ばかりだ」
「ニコルっち。たくさん、お金使ったでしょ」
「まあ、それは内緒と言う事で。皆さんには、これから設備の説明をします。早く使いこなして、美味しいパンを作ってください」
「「「「「「はい!」」」」」」
「まかせてー」
一人不安な人物はいたが、残りの五人は希望に満ちた笑顔で、元気良く返事をした。
慣れるまで時間は掛かるだろうが、ようやくパン工房が動き出そうとしていた。




