第二十話 収穫祭
今年に入りエシャット村の改善は、新たな段階に入った。
僕はいい機会だと思い、地味で質素な《収穫祭》にも手を加える事にした。
そうは言っても一度にいろんな事はできないので、まずは食べ物と飲み物を提供しようと考えた。
「収穫祭で、何を出せば喜ばれるかな?」
「ご主人、何を悩んでるニャ?」
「シロン、いたのか。それがさ、今度収穫祭があるんだけど、そこで出される料理が質素なんだよね。それで、美味しい食べ物でも、提供しようかと思うんだ」
「それなら、《肉》がいいニャ!」
「そうだよな。最近は以前より食べられるようになったけど、毎日食べられる訳でもないもんな」
「でも、ご主人が美味しい物を振舞ったら、ウェンディみたいな食いしん坊に付き纏われるニャ」
「そっか、それは問題だな。母さんに、頼んでみるか」
僕はシロンの提案を聞いて、肉料理を作る事にした。
「上手くいったニャ。これ以上余計な虫は、付いて欲しくないニャ。ご主人は、シロンだけのものニャ」
「シロン、何か言ったか?」
「何でもないニャ。料理の味見は、シロンに任せてニャ」
「なんか、怪しいな。でもまあ、味見くらいはさせてやるよ」
「やったニャ」
◇
翌日、メニューも決まり、料理ができ上がった。
前世では珍しくないが、村には無い料理を選んだ。
「さて、料理も飲み物も準備はできたぞ。それに、母さんの了承も得たし、後は収穫祭を待つだけだ」
だがその前に、約束通りシロンに味見をして貰った。
「美味しいニャ。ご主人、料理屋を開いても食べていけるニャ」
「そんな事言っても、これ錬金術で作ったんだぞ。料理屋となると、違和感無いか?」
「美味しければ、問題無いニャ。ご主人の料理は、収穫祭でも取り合いになるニャ」
「おっと、そうか。それは、考えて無かった。料理を出すタイミングも、考慮しないとな」
僕はみんなの腹が、少し膨れてから出すのがいいと思った。
◇
いよいよ、収穫祭当日になった。
天気は晴れて、お祭り日和である。
お昼前の村の広場にはテーブルが並べられ、その上に今年収穫した小麦で作ったパンと料理が並べられた。
収穫祭は立食パーティー形式で行われ、好きな物を自分で取るようになっている。
料理は村の中で担当を決め、当日作って持ち寄ったもので、材料はスーパーから無料で提供されている。
僕からは錬金術で美味しくした《赤ワイン》と、村の特産品のオレンジから作った《つぶつぶオレンジジュース》を樽で用意した。
「今年の酒は、エールだけじゃないのか。俺は、その赤ワインを貰おうかな」
毎年村では、収穫際用に安いエールを街で購入している。
以前の村では、エールは気軽に飲めるような物ではなかった。
最近は、僕がエールを仕入れたのと村人の給料が上がった事もあり、普段から飲む人も現れた。
だが、赤ワインは高くて今まで買う事ができず、聞いた事はあっても見た事のない人が多かった。
それに赤ワインは、こんな日の為に父さんに渡していない。
なので、スーパーで売られる事も無かった。
「あら、今年のオレンジジュースには、つぶつぶの果肉が入ってるわね」
「これ、ニコル君が作ったの?」
「ええ、そうです。砂糖も入ってるので、甘いですよ」
「まあ、そうなの。飲むのが、楽しみだわ」
いつもは絞っただけのオレンジだったので、酸味が少しきつかった。
そして、みんなに飲み物が行き渡ったところで、村長である父さんの簡単な挨拶が行われ、乾杯の音頭となった。
「それでは話しはこれくらいにして、食事をいただくとしよか。乾杯!」
「「「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」」」
みんなは、手に持つ飲み物を飲み始めた。
「この赤ワインっていうやつ、うめーな。って言ってるそばから、樽の前に行列ができてやがる。くそー、出遅れた。俺も並ぶぞ!」
「おい、お前ら! そんなに、なみなみ注ぐなよ。後ろのやつの分が、無くなっちまうだろ!」
「へん! こんな美味い酒、早い者勝ちだぜ!」
「オレンジジュース、美味しいわね。ニコル君が、作ったんですって」
「ジュースが甘くて、粒は程よい酸味があって、いつもより飲みやすいわね」
「あまくて、おいちー。つぶつぶ、ぷちぷちするー」
僕の用意した飲み物は、概ね好評だった。
一部争っている人もいたが、みんなからは笑顔がこぼれていた。
僕は赤ワインに行列ができるのを見て、樽を二つ追加する事にした。
「赤ワインの樽、二つ追加するよー。まだあるから、喧嘩しないでねー」
「「「「「「「「「「おー!」」」」」」」」」」
僕の声に歓声が上がり、この後追加された樽に行列は分散された。
赤ワインが無くならないと知り、安心して料理に手を伸ばす人もいた。
村人の作る料理は例年通り変わらず、野菜の蒸し焼き・ポテトサラダ・豆類の煮物・野菜スープ等だ。
パンも硬さは以前程ではないが、未だに黒パンだった。
僕が食事をしていると、エレナ姉さんの婚約者のハンスさんが話し掛けてきた。
「ニコルは凄いなー。魔道具や美味い食べ物や飲み物を、一人で仕入れて。行商人って、そんなに儲かるのか?」
「普通の人は、僕みたいに上手くいかないよ。僕には、錬金術があるからね」
「そうだよな。前に、お前の兄ちゃんと街で野菜や果物を売りに行った時、そんなたいした金にならなかったしな」
「ハハッ、そうですね」
僕にはチート能力があって、たまたま《ダニエル商会》という商売相手にも恵まれた。
僕を見て、行商人に夢を持つのは危険だよね。
そんな事を考えていると、僕の周りに人が集まって来た。
「ニコルちゃーん。お姉さんと一緒に、料理を食べましょ」
「ニコル君は、私と食べるのよ」
「ニーニー、わたちもー」
「はいはい。みんな仲良く食べようね。特別に、苺ジャムをあげるから」
僕は最近スーパーで売り出した苺ジャムを、魔法袋から取り出した。
「「「やったー!」」」
僕は年上の女性や幼女に囲まれ、喧嘩をしないようみんなの仲を取り持った。
◇
乾杯から一時間ほど経った頃、みんな落ち着いてきた。
「みなさーん。サプライズのお肉よー!」
そこに母さんやエレナ姉さん達が、僕の作った料理を持ってやって来た。
運ばれて来たのは、《ニーワトリの唐揚げ》・《ブータの一口豚カツ》・《ウーシのローストビーフ》である。
「「「「「「「「「「わー、肉だー!」」」」」」」」」」
それを見て、人が集まりだした。
肉は一人一つずつ、母さん達が配った。
自由に取らせると、食べられない人が出てくるからである。
「外はカリッカリで、中はジューシー。味付けもまた、最高だぜ!」
「お肉も美味しいけど、回りのサクサクしたのと黒いソースも美味しいわ」
「この肉、まだ赤いぞ。大丈夫なのか? もぐもぐ。何だこれ、柔らかくてうめー!」
お肉を食べた人の感想が、あちらこちらから聞こえてくる。
やはり、美味しい食べ物は人を笑顔にする。
それを見て、僕も自然に笑顔になった。




