第十三話 シロンの目は、凄くいいニャ
その日の夕方、《ガーランド帝国軍》十万人が《ノースブルム大峡谷の砦》前に到着した。
そして、十万人の軍隊は、砦の前で大きく三つに分かれた。
「いっぱい人がいるニャ!」
「中央に四万人、左翼と右翼に三万人といったところかな」
「こんなの駄目ニャ!」
「何がだ?」
「いっぱい人がいれば、いっぱい人が死んじゃうニャ!」
「そうだな。たくさんの人が死んでしまうな。シロン達には刺激が強いから、違う場所で待ってるか?」
「嫌ニャ。ご主人と、一緒にいるニャ!」
「ヒヒーン!」
「シャルロッテも、嫌って言ってるニャ!」
「分かった。でも二人(二匹)は、戦場から離れた場所で待機だからな」
「分かったニャ!」
「ヒヒーン!」
二人(二匹)は、素直に納得してくれた。
僕達が会話を交わしている間、戦闘が始まる気配は無かった。
「始まらないニャ」
「そうだな。準備や作戦があるんだろうな。できればガーランド帝国軍には、このまま何もせず帰って欲しいな」
「ここまで来て、それは無いニャ」
「ヒヒーン!」
二人(二匹)に、淡い願望を否定されてしまった。
「アレンさーん! 出番ですよー! 奴等を、ちゃっちゃと追い返してくださーい!」
僕は、小声で叫ぶように言った。
『おう、任せろ!』とか言って、アレンさんが現れるはずもなく、僕達はこの戦争の行方を見守る事しかできなかった。
◇
その後二日間、大きな動きは無かった。
《エステリア王国軍》も人が集まり、ガーランド帝国軍よりも少ないが七万人程になっていた。
そして動きがあったのは、三日目の夜明け前だった。
「ご主人、起きてニャ」
「どうしたんだ。シロン」
僕はテントで、寝ていた。
まだ夜明け前だが、空は白み始めていた。
「今、トイレに行って来たニャ」
「そうなんだ。いつの間にかいなくなる事があるけど、あれもトイレなのか?」
「ご主人、デリカシーが無いニャ。今は、そんな事どうでもいいニャ」
「ごめん。ごめん」
「遠くで、自然の音とは違うざわつく音がしたニャ。見に行ったら、王国側の山の麓に兵士がいたニャ」
「兵士? エステリア王国軍か?」
「違うニャ。あれは、帝国軍ニャ」
「ガーランド帝国軍? 何で、王国側にいるんだ? 見間違いじゃないのか?」
「シロンの目は、凄くいいニャ。ご主人、一度確かめてニャ」
「そうだったな。シロンには、《超聴力》と《超嗅覚》と《超視力》のスキルがあったんだ。確かめに行くから、案内してくれ」
「分かったニャ」
僕はシロンの後に付いて、麓を見渡せる場所へ行った。
「あそこニャ」
僕は、シロンが右前足を指す方向を見た。
「本当だ。人が集まってる。でも、僕にははっきり見えないや。ちょっと、待って」
僕は《身体強化》スキルを、目に使った。
「シロンが言う通り、ガーランド帝国軍だ。でも、どこから来たんだ?」
「どうするニャ?」
「んっ、ちょっと調べてくるよ。このままにしたら、不味い気がする」
「分かったニャ。気を付けてニャ」
「ああ、シロン達も気を付けろよ」
◇
僕はガーランド帝国軍の近くまで転移し、様子を窺った。
「兵士が、徐々に増えてるな。どこから来てるんだ」
僕は、兵士達が来る方に向かった。
「あれは、トンネル。まさか、ガーランド帝国側からここまで、この短期間で掘ったのか?」
魔法だとしても、これほどの規模のトンネルを、たった二日で掘る術を知らなかった。
「このままにしたら、本当に不味いな。何とかしないと」
正体を明かしたくなかったので、魔法で《変装》しその上から仮面を被った。
僕は《瞬動》スキル並みの瞬発力で駆け、兵士を避けながらトンネルに近付いた。
《瞬動》スキルは直線でしか動けないので、このような人混みでは使い辛かった。
だが今のステータスなら、《瞬動》スキルと同等の瞬発力プラス機動力で動く事ができた。
《転移魔法》を使わないのは、敵国に手の内を見せたくなかったからだ。
「《魔法盾》」
次の瞬間、トンネルから出てくる兵士に向かって、《魔法盾》を扶ち当てた。
「うがっ!」
「ごふっ!」
「ふぎゃっ!」
「「「「「うわー!」」」」」
トンネルの中では、吹っ飛んだ兵士達を起点に将棋倒しになった。
「《結界》強度二十倍!」
そして直ぐに、トンネルの出口周辺に《結界》を張った。
「エステリア兵だ! 囲め!」
僕は、五十人程の兵士に囲まれてしまった。
しかし、トンネルからはこの数倍の兵が出て、既に砦の方へ向かっていた。
兵士達は片手剣と盾を構え、じりじりと間合いを詰めて来る。
逃げるのは簡単だったが、ガーランド兵を元気なまま砦に向かわすとエステリア兵が大変なので、少し負傷して貰う事にした。
「《魔法盾》×12」
今度は自分を囲うように、十二枚の《魔法盾》を出した。
「なっ、こいつ無詠唱で魔法を使ったぞ!」
「上級魔術師なのか?」
「いや、上級魔術師でも、あそこまでできるかどうか。もしかして、エステリア王国の《勇者》なのか?」
「そんな訳ないだろ! 《魔法盾》の高速回転を食らえ!」
十二枚の《魔法盾》に微妙に角度を付け、換気扇のシロッコファンのように高速回転させた。
そして、範囲を一気に広げていく。
「うがっ!」
「ごふっ!」
「ふぎゃっ!」
「「「「「うわー!」」」」」
兵士達はそれを盾で防ぎきれず、勢い良く飛ばされた。
中には、小さくない怪我を負った者もいる。
「一体、何が起きたんだ!」
騒ぎを聞きつけ、先に進んでいた他の兵士達が戻って来た。
「ここらが、潮時かな。《光玉》」
「「「「「うわっ、眩しい!」」」」」
僕は空に向かって、初級魔法だが千倍の《光玉》を放った。
これは《光属性魔法》の一種で、グルジット家の書庫にあったものだ。
兵士達が《光玉》に視界を奪われた隙に、僕はとっとと退散した。
《光玉》はしばらく光り続け、エステリア王国軍も気付く筈だ。
ここにガーランド兵がいる事を、気付いてくれるだろう。
僕は場所を移動し、《転移魔法》でシロンとシャルロッテの元に戻った。
「ただいま、シロン」
「ご主人、大変ニャ!」
「慌てて、どうしたんだ?」
「砦の向こうの山にも、帝国軍がいるニャ!」
「本当か?」
確かめると、確かにガーランド帝国軍がいた。
どうやら僕は、ゆっくり休ませて貰えないようだ。
この後、砦の向こうの山に行って、同じように対処する羽目になった。




