8 ソラ、獣人族の王と対峙する
ダンジョン捜索はとても順調だった。
何より、暗殺者であるユアが加わったことで、こちらの戦力は大きく跳ね上がった。その華奢ともいえる容姿からは想像もつかないほど、ユアの腕前は確かだった。魔物を倒すときに一瞬の躊躇や迷いもなく瞬殺していく。
また、暗殺者という職業からか、ユアは空間認識能力と情報収集にも長けており最深部までの最短ルートをあっという間に見つけてしまう。
洞窟内を何度も探索したことのあると言っていた、カルアでさえ知らない道をどんどん案内してくれる。敵になったらと思うと恐ろしいが、味方である内はとても心強い。
もちろん、カルアとアセスの息の合ったコンビも頼もしい味方だ。私にもアセスのような頼れてさらに、モフモフの可愛い味方が居ればどれだけ心強いだろうか。カルアに寄り添うにように歩くアセスの後ろ姿のなんと可愛いこと。特にあのふさふさの揺れる尻尾が本当に羨ましい限りだ。
そこで私は、ふと不思議に思っていたことをカルアに聞いた。
「そういえば、アセスとカルアってどこで知り合ったの?」
私の故郷にもアセスと同じ銀狼は生息しているが、銀狼が同族以外と一緒に居るのを見るのは珍しい。銀狼はプライドも高く、人にも懐きにくいはすだ。
昔、村に住んでるトムさんが、銀狼を番犬代わりに育てようとして食べられそうになっていた。あの時は、たまたま父が居たから助けてもらっていたが、父が不在だったらトムさんは銀狼の胃の中だっただろう。
「あぁ、この子はね。赤ん坊のころ、群れからはぐれていたところを私が見つけて保護したの。もう少し遅かったら死んじゃってたかも。今では相棒って言うか、家族みたいなものね」
カルアが懐かしそうに目を細めながら、アセスの背を撫でた。応えるように、気持ちよさそうに喉をグルグルと鳴らした。アセスの感謝と愛情に溢れた温かい声が私に聞こえた。
(カルア、スキ、カルア、イノチノオンジン)
「あなたの事、好きって言ってるわ」
カルアに伝えると、目を輝かせた。カルアの心情に応えるように、アセスの首元をさらに撫でまわした。
「私も大好きよ。アセス」
そして羨ましそうに私の方を向き、
「やっぱり良いなぁ。召喚士の力。私もこの子の声、聞いてみたいわ」
と言った。
「あなただって、封弓士の力だあるじゃない。私としてはそっちの方が戦いで役に立ちそうだし羨ましいけどな」
「え~。なんか、弓士ってサブって感じじゃない? 私としてはもっと前線でバシバシ戦うのも憧れるけどね。あ、どっちにしろ召喚士でも前線では戦えないか」
「ソラ様は、召喚士の力があるのですか?」
私とカルアの会話を聞いていたユアが驚いたように訊ねた。
「いや……なんか、たまーに、動物の声が聞こえるってだけよ」
曖昧な答え方だが、実際そうなのだから仕方ない。
「そうですか……」
ユアは難しい表情になり、黙り込んでしまった。私に召喚士の力があると何か不都合なことがあるのだろうか?
ユアはまだ私に色々隠し事をしている気がする……でも、無事に故郷に帰るのに協力してくれるというユアをここで問い詰めるのも気が引けてしまう。
「着いたわよ! ここが最深部。封穴はあっちよ」
カルアの声に、前方を見ると確かに先は行き止まりになっている。ぼっかりと開いた空間は洞窟内で一番広かった。魔物の気配も今のところは感じられない。カルアの案内でさらに奥まで進むと、こぶしほどの緑色の石の輪が地面に敷かれていた。大きさは30センチ程だろうか。その石の中央部分は湧き水のように透明な水が出ており、地面を湿らせていた。カルアの案内が無ければ見逃してしまいそうな程、平凡な石だった。
「これが……封穴?」
「そう。思ったより小さくて驚いた? ここの封穴は大型の魔物は通ることが出来ないんだよね。ソラなら……まぁ、無理やり捻じりこめば入れるんじゃない?」
私の体型を見定めるようにカルアは気楽な感じで言った。中央が人間界に続いているのだろうか。それだったらまぁ、無理やり通れないこともない大きさだ。
「今、ここは開いている状態なの?」
私の質問に、カルアは首を横に振った。
「まだ開いてないわね。さすがに一発目で開いてる封穴に当たるなんてラッキーはなかなか無いもんね」
さして残念そうでもない口調だった。想定内だったのだろう。
「そっか……。他の封穴もこんな感じなの?」
「そうよ。だから、これからはあなた一人でも探す事ができるわよ。ま、基本は私が案内してあげるから安心してね」
どうやらカルアは、私に封穴の形状を教える目的もあり、ここに連れてきたようだ。確かに封穴の形状を覚えておくことは、故郷に帰るための大事な鍵になるだろう。
「ま、ソラにとっては不幸だけど、あなたにとってはラッキーかもね」
「え?」
カルアがからかうように言うと、ユアの方を向いた。
「だって、そしたらソラとまだ一緒に居られるじゃない」
「私とソラ様は……そういう関係ではありません」
困惑しているユアに私も、
「そうよ、カルア。勘違いしないでよね」
と援護した。
「それに、ソラ様は魔界に滞在する間は、あくまでも四天王リュカ様の寵姫ですしね」
「いや、その話も勘違いして欲しくないんだけど……」
カルアは相変わらずニヤニヤしていて気に障る。こうなったら、帰ったらカルアの恋愛事情もみっちり事情聴取しなければ。
私は話題を変えるように、
「さぁ、それじゃあ、封穴が開いて無いんじゃここにいても仕方ないし洞窟から出ましょうか」
と言って立ち上がった。
その時だった、
「おぉっと、珍しい顔がいるじゃねーか」
聞き覚えのない声に驚いて振り返った。
気配など全く無かったのに、いつの間にか背後には大柄な男が一人、佇んでいたのだ。反射的に剣を持ち構えた。魔物……には見えないが、圧倒的な存在感――いや、威圧感で身体を動かすことが出来なかった。カルアとアセスも同じらしく、得体の知れない男をただ、茫然と見つめていた。
男は2メートルはあろうかと思うほどの大男だった。
金色の眼光は鋭く、その顔には幾つもの大小の傷が刻まれている。暗い灰褐色の髪の左右には狼のような耳が生えているが、左側は引きちぎられたように欠けていた。風貌だけでも百戦錬磨の戦士に見えるが、男が出す狂気にも近い気配は、私が今まで感じた事のないものだった。この男に比べたらまだリュカと対峙していた方がはるかにマシだった。男の出す気配から味方で無いことだけは、はっきりと分かる。
最初に男に反応したのはユアだった。
「あなたは……!」
「誰なの?」
ユアに訊ねた自分の声がかすれているのが分かった。
嫌だ。この男とは関わりたくない……そんな恐怖の気持ちに心が押し潰されそうだった。
「獣人族の王・ガヴィン様です。なぜあなたがこんな場所に?」
ユアは絞り出すような声で、男の名を私に告げた。こんなうろたえている姿のユアを見るのは初めてだ。
「ロイムの腰ぎんちゃくか。俺に命令するとはずいぶん偉くなったもんだな」
ガヴィンは傲慢そうな笑みを浮かべた。
獣族の王――前にユアから聞いていた魔界の3大勢力である、獣族の王がこの男なのか。でも、どうしてこんな場所に、しかも一人で現れたのだろうか?
私の戸惑いをよそに、ユアは私の前に立ちふさがった。
「獣王と言えども、ソラ様に危害を加えることは許しません」
ガヴィンは馬鹿にしたように鼻で笑うと、
「はっ! 何を勘違いしている。腐れ魔王を大昔に倒した勇者の娘なんぞに興味はねぇよ。俺が用があるのはそっちの娘だよ」
そう言って、ガヴィンが顎で指したのは――
「え!? 私?」
カルアが驚きの声を上げた。
「お前が結界師の力だあるって事は分かってる。一緒に来てもらおうか」
狙いは私ではなくカルア?
ユアもどうして良いか分からず、動けずにいる。
事情はよく分からないしガヴィンの言っている『結界師』も知らないけど、こんな得体の知れない人さらいにさらわれるのは私だけで十分だ!
戦って勝てなさそうなら……
「カルア、逃げて!」
私の言葉にハッとしたカルアが、ガヴィンの横をすり抜けようと走り出した。私もガヴィンに切り掛かろうとした――が、
「ソラ様! ダメです! あなたが敵う相手ではありません!!」
ユアが私の剣先を素手のまま強く抑え込んだ。剣先から赤い血が落ちる。
「ユア、離して!」
「おいおい、面倒くせぇな」
言葉と裏腹にガヴィンは面白そうに呟くと、手を広げその場を動かず宙をひと撫でした。
ゴゥッという空気を裂くような音と共に、カルアの体がボールのように飛び跳ね地面に落ちた。その体には痛々しい爪痕が残っている。幸い致命傷ではないようだが、苦しそうに呻いている。
「痛い目にあいたく無かったら一緒に来てもらおうか?」
ガヴィンがカルアに近づこうとした瞬間――
控えていたアセスが飛び出しガヴィンに襲い掛かった。ガヴィンの左腕にがっしりと噛み付き離さない。しかし、ガヴィンは怯む様子もなく、アセスを腕にぶら下げたまま顔色一つ変えなかった。
「犬畜生が、獣王に敵うと思っているのか? 身の程を知れ」
「やめて!!!!!」
うずくまったままのカルアが叫び声のような制止の声を上げる――も空しく、ガヴィンは右手でアセスの腹を突き刺した。声も上げずズルズルとアセスが地面に落ちた。刺された腹は鮮血で赤く染まっていて、大きな空洞が出来ていた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
悲痛な叫び声が洞窟内に響き渡った。
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