7 ソラ、ダンジョンに潜る
しかし、私の決心も空しく、街を出たのはそれから一週間後だった。
私はすぐにでも出発したかったが、「城を出た後にすぐに外に出るのは危険すぎる」と言って、慎重派のカルアが譲らなかったからだ。もし、私を匿った事がリュカに知られたら、カルアがどんな罰を受けるか分からない。私はカルアの言葉に従う他無かった。
ただ、良い事もあった。この一週間、カルアの店の手伝いをする内にゼルガディオンの街に詳しくなったことと、カルアとアセスとも仲良くなれた事だ。ユアの事があって、あまり深入りしない関係を築こうと思っていたが、それ以前にカルアは私に必要最低限の関りを持とうとしなかった。私も近いうちに(多分……)人間界に帰る予定だし、その距離感がむしろ心地よかった。
そして、いよいよカルアと共に、アセスの背に乗り無事にゼルガルディオンの城門を出た。
脱出した日の夜は、暗かったし体調も万全では無かったこともあり、あたりを見まわす余裕も無かったけれど、今は体力も回復して絶好調だ。城の周辺は草原になっていて、背後には抜け出してきた魔城がそびえ立っている。こうして遠くから見ると、あの場所に軟禁されていたのが、現実味のない不思議な気持ちになる。
てっきりリュカや他の四天王達からの追ってがすぐに来るかと思っていたが、私が感じる限りそんな気配は無かった。もしかしたら、私が逃げたことにまだ気が付いていないのではと、都合の良い考えが頭をよぎる。
ユアとは喧嘩別れのような状態になってしまった事も思い出すと胸が痛む。もっと彼女……もとい、彼の話も聞けば良かったのかも。城にいる間に力になってくれたのは間違い無いのだから。
「もう少しで最初の『封穴』の場所に着くわよ」
カルアの話では、一番近い『封穴』には銀狼のアセスに乗って30分ほどで着くとのことだ。まともに歩いては半日はかかるとの事だから、アセスには大感謝だ。文字通り、風のような速さで走るアセスの背から見える景色はどんどん移り変わっていく。幸いなことに、道中魔物と遭遇することは無かった。
「着いたわよ」
アセスが止まった場所は、洞穴のような場所だった。一見すると大型動物の巣穴のようにも見える。アセスが身を縮めて入ってぎりぎりのサイズだ。
「この先の奥に洞窟が続いているの。最深部に『封穴』があるわ。ここから先は魔物との遭遇は避けられないけど……覚悟はいい?」
私が頷くと、カルアも応じて頷いた。アセスの背から降りくくり付けていた麻袋から探索の荷物を準備した。私も街で買った剣や薬草などの道具を確認する。
「じゃあ、行くわよ!」
カルアの声に私は、身を引き締めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
進んでいった洞窟は、入り口の狭さからは想像できないほど広かった。自然に出来た洞窟らしい。岩でできた柱が何本も立っている。足場もごつごつとした岩肌が続いていて、歩きづらい。空気はひんやりとしていて涼しい。カルアの話だと順調に行けば3時間ほどで最深部に着くという事だから、深さはそれほどないようだ。
「ここは、魔物の生息地にもなっているの。奥に行けばいくほど、わんさか来るわよ」
カルアの言葉通り、魔物とは洞窟に入って20分ほどで遭遇した。最初に現れた魔物は一角兎だった。兎の頭上には30cmはある長い角がある。私も戦ったことのある魔物だ。すばっしっこいが、攻撃力はそれほど高くない。幸いなことに、洞窟内は広さがあるので戦闘に困ることは無かった。
「ソラ、なかなかやるじゃない!」
私の戦いぶりにカルアが称賛の声を掛けた。アセスも悠々と、鋭利な爪と牙で一角兎たちを次々と蹂躙していく。
「あなたも!」
私は本心からカルアの戦いぶりに感心した。カルアは後方支援に努めていたが、絶妙なタイミングで矢を射ってくれる。そして、なんといっても特筆すべきはその矢の特殊能力だ。カルアの矢が当たると、致命傷で無いにも関わらず一角兎は動きを止め、ぬいぐるみのように静止した状態になる。そこを私とアセスが一網打尽にする。カルアが放つのは、ただの矢ではないようだ。
「変わった矢ね。なにか魔法がかかっているの?」
攻撃の手を止めず、私は疑問を口にする。
「ええ。私は弓士だけど『封弓士』と言って、矢に状態異常をつけることができるの」
「『封弓士』?」
「あら、あっちでは聞かない職業?」
「うん。初めて聞いたわ」
「『動きを封印』とか『魔法を封印』とかの攻撃ができるの。召喚士程じゃなけど、魔界でもなかなかレアな職業よ」
カルアはウインクして、最後の一角兎を倒した。
そこで、私はカルアがシャリアと遠縁と言っていたことを思い出した。シャリアの家も人間界と魔界を繋げるゲートを作ったらしいし、一族で封印に関わる力があるのかも知れない。
私も父のように、勇者特有の力があれば良いが、残念ながらそんな特殊能力は持っていない。そこで私はカルアが言っていた『召喚士』の話を思い出す。父か母の先祖にそんな職業がいたとは聞いていない。父はともかく母は天涯孤独の身寄りの無い平凡な村娘だったというし……。
だが、父仕込みの剣の腕には多少は自信がある。実際、これくらいの魔物の攻撃なら無傷――とはいかないまでも、簡単に洞窟深部に辿り着くことが出来るだろう。
「!!!」
そんな考えを払拭させるように、一角兎の後ろに控えていた2陣の魔物が飛び出してきた。黒い影が弾丸のように襲い掛かって来る。アセスがとっさに前足で魔物を抑え込む。見ると、どう猛な顔付きをした黒色の狼だった。確か――名前はガルム。一角兎と同じで群れで行動する魔物だ。ガルムとも戦ったことがあるが、一角兎よりもスピードも殺傷力も高い。
考えたら元々人間界に出現する魔物は魔界から封穴を通って人間界に迷い込んだという話なのだから、見た事があるのも当たり前なのかも知れない。いわばこちらが本家本元の魔物ということか。
「ソラ、危ない!」
カルアの声に振り向くと一際大型のガルムが目前に迫っていた。大きく開かれた口からはよだれと牙が
見える。剣を構えようとしたが間に合わない。もちろん呪文詠唱も出来ない。
――ギャッ!!
一瞬、自分の口らか発した悲鳴かと思ったが、襲い掛かってきたガルムが右方向から攻撃を受け、ドサッと倒れた。
「ありがと――」
カルアかアセスの援護かと思い感謝の言葉を口にしようとした。
――が、そこに居たのは意外な人物だった。
「お怪我はありませんか? ソラ様」
薄暗い洞窟内でも、その声と端整な容姿は記憶に新しい。
「――ユア、どうしてここに……」
あまりに意外な人物の登場に私は思考が追い付かない。
ユアはいつものメイド服とは違い、黒いフードと同色のマントとという黒装束のような装いだった。手には先ほどガルムを仕留めたであろう銀色の鋭利な柄のない刃物を構えている。これがシャリアが言っていた暗殺者であるユアの本当の姿なのか。
ユアはふっと微笑むと、すぐに鋭い眼光になった。そんな目つきのユアを見るのも初めてだ。
「お話は後で。今は片づけることに専念してください」
そう言うと、曲芸師のように軽く跳ねると次々と持っていた刃物で易々とガルムを倒した。
「誰かは知らないけど、敵じゃないのよね?」
カルアの問いに私は何と答えてよいか分からず、
「後で話すわ!」
としか答えられなかった。アセスも突然の闖入者に戸惑っていたようだが、同じ敵を倒す者と認識すると、ガルムとの戦闘に集中しだした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで、どうしてあなたがここにいるのか説明してもらいましょうか?」
私の問いにユアが疑問は当然というように頷いた。
一角兎とガルムは倒したが、数が多かったせいか血の匂いがすごかった為、私たち一行はもう少し先に進んだ場所でユアの話を聞くことにした。
「ソラ様が城を出た時から後を付けさせて頂いていました。本当はギリギリまで私の存在は隠したかったのですが……ソラ様の身に危険があると判断し、手を出させて頂きました」
「え? 私が城から出た時から?」
「はい。本当はお止めしたかったのですが、私が説得しても城に戻るわけはないと思い……」
確かにあの場でユアが制止しても振り切っていただろう。もしかしたら、ユアと一線交えていたかも知れない。
「じゃあ、私が道に迷ってたのも見ていたの?」
「あぁ、あれは……」
そこで、ユアがバツの悪い顔を、口ごもった。
「なぁるほど! カルアさん分かっちゃいました!」
そこで、私とユアのやり取りを聞いてたカルアが突然、会話に入ってきた。
「あなた、暗殺者なんでしょ? そしたら幻術魔法なんかも使えるわよね? そして、ソラは城から城下町に行くまでに道に迷っていた――」
私もカルアが何を言わんとしているか理解した。
「ユア! 道に迷ったのは、あなたの仕業だったのね! 私を城に戻らせるための!」
カルアが感心したように、
「どうりであの一本道で迷うなんておかしいと思ったんだよね~。幻術使ってわざと道を迷わせてたんだね」
と頷いた。
ユアは観念したのか、
「確かに……ソラ様がご自身で判断して戻ってくだされば良いと思って、幻術魔法を使いました。すみません」
頭を下げるユアに、
「あ! もしかしてあの森の死体も!?」
カルアが大声を上げた。
「死体?」
「そう。あの日の夜、ソラに会うまでに何体か魔物の死体があったんだよね。あれも、あなたの仕業ね」
「ソラ様にもしもの事があってはと思い、先に仕留めておきました」
しれっと答えるユアに、私は恐ろしさを感じた。
「なんでそこまでして私のことを?」
「それは……前にも話した通りです」
ユアは頭を上げ、青い瞳でじっと私の顔を見つけた。その真っすぐな視線に思わず目を背けてしまう。
「私があなたの味方だからです」
ユアはきっぱりと言い切った。
「それは……ロイムがあなたに命じたからなの?」
「それも理由の一つです。ただ、ロイム様の命はあなたを守り、城に連れ戻すことでした。でも……私はこのまま、あなたを人間界にお返ししようと思います。それが……ソラ様の命を守ることになりますし、なにより……あなたを騙していた、せめてもの罪滅ぼしですから」
正直、ユアの本音は分からないが、少なくとも嘘は言っていないように思える。どうしたものか、返事に困っていると、
「お熱いね~。あなた達付き合ってるの? あれ? でも、ソラはリュカの寵姫でしょ?
……もしかして、禁断の恋!? それってヤバくない!?」
カルアが一人で興奮&暴走しだした。
「そんなこと無いわよ! ユアはただの……」
口ごもる私にユアは微笑む。
「ソラ様。また初めから『友人』としてよろしくお願いします。例えソラ様が人間界にお帰りになる短い間であっても、私にあなたを守らせてください」
そう言って手を差し出した。
私は顔が赤らんでいくの意識しながら、その手を固く握り返した。
何とか書くことが出来ました!少しずつ少しずつ1文字でも良いので進めていきたいです。1章は10話で終わる予定です。次回もよろしくお願い致します。