6 ソラ、城下町に着く
「おはよう。ソラ。よく眠れた?」
目を覚ました私に、有難いことにカルアは朝食を用意してくれていた。
銀狼のアセナの背中は予想していたよりも快適だった。それでも、ゼルガルディオンのカルアの住居に着くと、私は安心と疲れからか泥のように眠りに落ちたのだ。
「カルア、おはよう。
お陰でぐっすり眠れたわ」
昨日、夜遅くにカルアの家に到着した。
カルアは疲労していた私のために、そのまま2階にある自室のベットを明け渡したのだ。
恐縮する私に、「アセスの背中で寝るのは、とっても気持ちが良いのよ」を笑って答えてくれた。昨日、少し聞いたらカルアは昼は便利屋、夜は食堂を経営しており、今いる1階が食堂になっている。昨日は客席でアセスと寝たのかも知れない。
「それで、さっそくなんだけど今後の相談をしてもいいかしら?
あ、食べながらでいいからね」
カルアは気さくに言うと、自分の分のパンと目玉焼きの入った皿を取り私の前に腰かけた。いつの間にか銀狼のアセスが床に座っていてカルアのパンをねだっている。こうして見ると、大きな犬のようで可愛い。カルアからパンをもらえると、美味しそうにむしゃむしゃと食べる姿に癒される。
それはそうと、
「えっと、シャリアさんの話だとこれから私たちは『封穴』ってトンネルを探しに行くのよね?」
私の質問にカルアは頷き、
「そうよ。城の『ゲート』を使わないなら、『封穴』から帰るしか方法は無いわ」
きっぱりと言い切った。
「ちなみに……その『封穴』からは、人間界から魔界には来れないの?」
「ダメね。『封穴』は魔界から人間界への一方通行なの。人間界に発生している魔物なんかはこの魔界から『封穴』に迷い込んだケースが多いんだけどね。
向こうからは来れるのは、城にある『ゲート』だけよ。あそこの『ゲート』は特殊で、元々は『封穴』だったのを長年、カーター公爵家が――あ、シャリア様の生家ね。カーター公の結界師が魔王様の命で、魔力を注ぎ込んで行き来可能にしたのよ。まぁ、それも『紅天』の日だけだけどね」
「『紅天』?」
「空が赤く染まる日のことよ。3カ月に一回の周期で魔界に起こるわ。その時間帯は私たち魔族の魔力が高まる日でもあるのよ。ちょっと血の気も多くなるから、紅天が発生している数時間は街中には出ないようにしているわ」
さらわれた日、確かに空は赤く血のように不気味に染まっていたが、その後外に出たときは私のいた人間界と同じ空の色だった。てっきり、魔界の空は紅色なのだと思ったのだが……。
あれが『紅天』
リュカやフォルが後日会った時よりも殺気だっていたのは、それも影響があったのだろうか……。まぁ、絶対に許さないけど。 私はこう見えて根に持つタイプなのだ。
「私は人間界に戻れさえすれば、魔界には戻って来なくてもいいから問題ないわ」
「そうよね。それじゃあ、食べ終わったら早速、街で準備自宅して『封穴』巡りをしましょう。うまく『ゲート』が開いてれば、今日中には人間界に帰れるわよ」
自信あり気にカルアは私に笑いかけた。
その時、テーブルの下にしゃがんでいたアセスが起き上がり、カルアの手をなめた。
(パン、モット)
「パンが欲しいの?」
私が聞くと、アセスが金色の大きな瞳をこちらに向け「ガウ!」と一声鳴くと、舌を出し嬉しそうに尻尾を振った。どうやら返事のつもりらしい。
ちぎったパンをあげると、嬉しそうに口にくわえまたテーブル下に戻った。
「驚いた。あなたアセスの言っていることが分かるの?」
「なんだかよく分からないけど、そうみたい」
私は首をすくめて答えた。四天王のリュカが連れていた黒竜・フォルの声も聞こえたし、どうやら魔獣の声が聞こえることに、間違えないようだ。
「へぇ~。勇者の娘はそんな力があるんだ」
感心したようにカルアは呟く。私は慌てて、
「人間界にいるときは、こんな力なんて無かったわよ。魔界に来てから、なんだかよく分からないけど……動物の声が聞こえるようになったの」
「いつも聞こえるの?」
不思議そうに訊ねるカルアの問いに、首を横に振り、
「ううん。時々よ。頭の中に響いてくる感じ」
初めてフォルの声が聞こえたときの話をする。
頷きながら聞いていたカルアが突然、両手をぽんっと叩き興奮したように椅子から立ち上がった。
「ねぇ! もしかしてそれって召喚士の力じゃない?」
「召喚士?」
「そう! 召喚士よ! 召喚獣を従える力を持つっていう職業よ! 召喚獣と心を通わせて使役させるの。その力がじゃないの?」
召喚士という職業があるのは知っていた。
召喚士は、契約をおこなった魔物や精霊など一定以上の魔力を宿す者を使役することができる。契約には種類があり、それにより召喚される対象の力が変わるという話だ。私がもっている召喚士の知識はこれくらいだ。
魔導士や精霊使いは、人間界にもいたが、召喚士の職業の人間は見たことがない。魔獣使いは父が対峙したことがあったとき聞いたが、召喚士とは別物だろう。
そもそも、私の職業は少し魔法を使える剣士……の認識。召喚士の力があるなんて生まれてこの方、微塵も感じたことが無い……。
それに、こんな場所で召喚士の力に目覚めても特段、何か役に立つとは思えなかった。帰宅したときの父への土産話になるくらいか。
しかし、そんな私の気持ちとは逆にカルアは興奮したように続けた。
「召喚士だったらすごいわよ! 魔界でもすっごい珍しい職業で、千年に一人出るか出ないかっていうレベルなんだから! ずっと前に凄腕の召喚士がお城にいたんだけど勇者に、」
そこでカルアは慌てたように口をつぐんだ。
「父がその召喚士を倒したのね。20年前に」
私が続けるとカルアは、ばつが悪そうな顔をして謝った。
「ごめんね。つい、あなたが勇者の娘ってこと忘れちゃった。
召喚士って私が昔からなりたかった職業だからつい興奮しちゃった」
「いいのよ。そんな勇者の娘って分かってて協力してくれてるんだもん。感謝してるわ」
「そう言ってもえらえると嬉しい。まぁ、あなたを助けるのはシャリア様の依頼でもあるし、報酬もちゃんと頂くしね」
「そういえば、シャリア……さんって、あなたとどういう関係なの?」
私の問いにカルアは、「う~ん」と思案した。しかし、説明が面倒になったのか、
「まぁ、遠い親戚? みたいな関係かな」
「そうなんだ。シャリアさんにも、無事に人間界に帰れたら感謝しないとね」
「まぁ、シャリア様はリュカ様と結婚出来れば問題無いんじゃないの?
あの人、ああ見えて結構単純で悪だくみしようとして失敗して墓穴掘っちゃう? タイプだし、あなたに嫌がらせするよりも、穏便に人間界に帰ってもらった方がいいって思ったんじゃないのかぁ」
そこまで一気に喋るとカルアは、
「悪い人ではないんだけどね……」
と、どこかで聞いたセリフを付け足した。シャリアは悪人にはなれないタイプなのだろうか。
「さ、それじゃあ、そろそろ行きましょうか。街に出るのは初めてよね? せっかくだから魔界の街を見て行ってよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ゼルガルディオンの城下町は、昨日の夜着いたときは暗くてよく見えなかったが、今は賑やかでたくさんの人や店が出ている。
赤や黄色の色とりどりのレンガで出来た建物が規則正しく並んでいる。道には白色の大小の石が埋め込まれ、町全体を明るく彩っている。魔族や獣人族がせわし気に、往来を行き来している。左右に立ち並んでいる屋台からは、威勢のいい呼び込みの声が聞こえる。
「すごい! こんなに大きな町だったのね」
感心している私に、カルアは呆れたように、
「当たりまえよ。魔界で一番大きな町だもの」
父と一緒に行った人間界の王都も決して小さい国では無かったが、規も活気も悔しいがこちらの方が一段違うようだ。
「まずは、武器と防具を用意しないとね。あ、フードはちゃんと被ってよ」
さすがに昨日の今日で城下町をうろついているのは危ないということで、カルアに借りたフード付きのローブを着込んでいる。城下町には私の顔を知っている者がいる可能性も低いし、人間と魔族の容姿の見分けもつかないから平気だと主張したのだが、念には念を……とのことだ。見かけと違ってカルアはずいぶん、用心深い性格のようだった。
カルアは町の中心に位置する鍛冶屋に連れてきてくれた。封穴の場所は、魔物が多く発生する箇所もあるため装備は整えておいた方が良いという話だ。確かに私の武器といえば、シャリアからもらった飾り剣のみだ。
「シャリア様から前金貰ってるから、好きな物選んでいいわよ」
カルアの言葉に甘え、扱い安そうな長剣と動きやすさ重視の皮鎧をすぐに選んだ。本当はもっと色々と試着したり、魔界の武器や防具を見てみたかったが、今の最優先事項は封穴を見つけ、人間界に帰ることだ。
「カルアは弓使いなのね」
背中に背負っている、弓を見て訊ねた。
「そうよ。近距離攻撃はアセスがやってくれるし、私はこれで遠距離からサポートするの」
「アセスも戦えるんだ」
「この子は強いわよ。頼もしい仲間」
「そうなんだ。ピンチの時はよろしくね、アセス」
(マカセテ)
また、あの声が聞こえたが、さすがにもう動じなかった。
「ありがとう。心強いわ」
私が答えると、
「え~、またアセスの声が聞こえたの? いいなぁ。ズルい!」
カルアが不貞腐れたように頬を膨らませた。
さぁ、いよいよ封穴探しだ!
そして、早く父と母の待つ人間界に帰るんだ!
読んでいただきありがとうございます!
なかなか筆が進まず……。少しずつでも執筆していきたいです!