4 ソラ、リュカの正妃に会う
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リュカと、四天王の2人と会った翌日、意外な来訪者が部屋を訪れた。
シャリア=カーター――リュカの正妃予定だと名乗ったシャリアは、初めから私に敵意むき出しだった。まだ婚約者扱いらしいが、正妻が愛人宅に乗り込んでくるようなものだろう。彼女は、ルヴァンが言っていたように煌びやかな美女だった。
金髪の腰まである髪は、自然に見えるようにゆるくウェーブがかかっている。彼女の肌は陶器のように白く滑らかだ。肌には毛穴やシミ一つない。髪と同じ金色の目をしている。今は憤怒の鬼のような表情をしているが、きっと笑えばどんな場所であっても周囲の目を――特に異性の目を一身に惹きつけることができるだろう。
こんな美しい正妃がいるのに、リュカはなぜ自分を寵姫にしたのだろう――
「あなたね! リュカ様をたぶらかしたという女は!!」
妖艶と言っても過言ではないほどの色気がある女性の口から『たぶらかした』というセリフを投げつけられるのは、おかしな気持ちになる。シャリアの剣幕に返事が出来ずにいると、ユアが部屋に飛び込んできた。
「シャリア様! 勝手にこの部屋に入られては困ります!」
ユアは心底困惑した口調で言ったが、相手は四天王の正妃予定。強硬手段にも出れずにいるようだ。
「あなたは下がっていなさい!!」
シャリアは冷たい目でユアを睨むと、きっぱりと高圧的に言った。
「――しかし」
「私の言う事が聞けないの? 身の程を知りなさい!!」
相手の話を聞かないところは、リュカと似ている。二人はある意味お似合いなのではないだろうかと、余計なことまで考えてしまう。
「私はこの娘と話があるの!」
「それでは、私も同席して――」
「いいからあなたは、早く部屋を出ていきなさい!
――まったく、趣味の悪い!」
「ちょっと!」
あまりのユアに対しての接し方に、気が付けば声を上げていた。
「その言い方は無いんじゃないの!?」
シャリアは眉一つ動かず、私の方を向いた。威圧感に一瞬ひるみそうになる。
「何か文句でもあるの?」
「文句があるから口をはさんでるの!
どこのお嬢様かは知らないけど、もっと優しい言い方は出来ないの?」
「あなたは、ユアの何なの?
――だいたいこの子は、」
「いえ、ソラ様。大丈夫です」
ユアが遮るように私とシャリアの口論に割って入ってきた。
「シャリア様、私は一度退出します。
――ただ、ソラ様に危害を加えるようなことがあれば、リュカ様もお許しにならないと思いますよ」
「分かってるわ。私だってリュカを怒らせるような真似をするほど愚かではないわ」
「かしこまりました」
「ソラ様、私は近くの部屋で控えていますので何かありましたら――」
ユアは少し考えた後に、
「――すぐに、お呼びください」
と言った。
これは予想だが、シャリアは魔族といえ普通の女性に見える。魔力を封じられているとは言え、シャリアが殴りかかるなどしたとしても、腕っぷしでは私の方に武があると考えたのだろう。
ユアが退出すると、シャリアは改めて私の方に目を向けた。美人は怒り狂っていても絵になるものだ。とつい呑気なことを考えてしまう。
「それで! あなたはどういう、おつもりでリュカ様の寵姫になったのかしら?」
「どういうおつもりも何も、いきなりさらわれて、いきなり寵姫になれって言われただけですけど……」
「嘘おっしゃい! リュカ様がこんなちんちくりんの不細工な子供を寵姫にされるわけないでしょう!」
ぶ、ぶ、不細工?
「きっとお疲れで気が迷われたのね。それか、人間が珍しいからペットか何か愛玩動物代わりにとでも思われたのかしら!」
「へぇ~~~」
「きっとご両親もあなたのように品も知性も無いような方たちなのでしょうね!」
カッチーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
私は怒りで一瞬、頭が真っ白になった。
とっさに手が出なかった自分を褒めてあげたい気分だ。
私を悪く言うのは――あんまり良くないけど、まぁ100万歩下がって良しとしても!
父と母の悪口を言う事は……許せん!!
私は、腰に手を当てシャリアの顔を、わざと小ばかににするようにジロジロと下から見上げた。
「な、なによ! 無礼な!」
予想外の私の反応に臆したのか、シャリアの動きが止まった。
ふっ……これだからお嬢様は!
私は首を傾げながら、
「いえ……先日お会いしたそのリュカ様が『お嬢様育ちの令嬢相手はウンザリ』って言っていたので、誰のことなのかなー、思いまして」
「なっ!」
シャリアの顔がみるみる青ざめる。
「シャリアさん……でしたっけ?
もしかして、あなたのことなんですかね?
見たところどこかのご令嬢のように見受けられますが?」
「嘘よ! リュカ様が、そ、そんなことを……」
よほどショックで、足に力が入らないのかシャリアは床にしゃがみ込んでしまった。
「え……?」
シャリアはそのまま両手で顔を覆い泣いてしまった。大粒の涙が美しい顔を伝っている。
私が思っていた反応と違い、反応できずにいた。
「その話は……本当のことなの?
リュカ……様は、私の……ことを……そんな風に……おもっていらっしゃるの?」
しゃっくりを上げ、泣きながら顔を上げて聞いた。
まるでいじめっ子になったような気分だ――いや、そもそも、あっちから暴言を吐いてきた訳だし……
でも、そんなにショックを受けるとは思わなかった。
「いえ……。そんな話はしてたようなしてなかったような……。
あ! で、でも! シャリアさんの名前は出て無かったから、誰か別の人の話なのかも知れないですし……きっと違う人の事だと思いますよ!あの~。ね、だから、泣かないでください!」
罪悪感で一気にまくし立てたが、シャリアはまだこの世の終わりのように泣きながら、
「やっぱり……リュカ様が私を正妃にしたのは、カーター家の後ろ盾欲しさだったのね……。私はこんなに……誰よりもリュカ様をお慕いしているのに……」
「それに! 今日初めてお会いしましたけど、シャリアさんこんなに美人なんですから、リュカ様とお似合いですよ」
「……本当?」
少しだけ顔を上げたシャリアが疑っているように、私の顔を見た。涙の跡で化粧が落ちていて崩れた顔をしている。
「も、もちろんですよ!
私なんて、勇者の娘っていうだけでさらわれて来ただけなんですから、寵姫になったつもりなんて全然無いし、なんならすぐにでも魔界から帰りたいと思っているんですから!」
「そう……なの?」
「当たり前じゃないですか。大体、初めて会った見知らぬ相手の――しかも寵姫になりたがるなんて人間いる訳ないじゃないですか!」
「私は、リュカ様に初めてお会いした時から、この方に身も心も捧げて生涯を尽くそうと心に決めていましたわ!」
真剣な眼差しでシャリアは言い切った。
本当にリュカのことが好きらしい。確かに顔は美形だし、腕もたつのかも知れないがあの不愛想な俺様男のどこがそんなに良いのだろうか。
私ならもっと優しく、女性を労わる男が良い。それとも魔界ではああいうタイプが人気があるのだろうか?
「……じゃあ、あなたは本当に寵姫になりたくないのね?」
どうやら少しは立ち直ってくれたらしい。ただ、私の言葉を完全には信じてはいないようでもある。私はシャリアの目を見ながら、
「なりたくないです。村に帰りたいです」
と言い切った。
「……そう」
シャリアは何かを思案しているようだった。
そして、この部屋に来て初めて私に微笑みかけた。
「ねぇ。もし、私があたなを城から出して人間界に戻してさしあげると言ったら……どうなさる?」
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シャリアの驚きの提案から一夜明けた。
あの後、シャリアは私にある情報と、2つの置き土産を残してくれた。これがあれば、魔界から逃げ出すことが可能だ――ただ、私はまだ決心が出来ずにいた。
「ソラ様?」
私の物憂げな表情に気が付いたのか、ユアが心配そうに声を掛けた。
「あぁ、ごめんなさい。何だっけ?」
「――いえ。
昨日からご様子がおかしいので……シャリア様から、何か酷いことを言われたりしたのではないかと……」
「えぇ……まぁ、でも彼女が怒る気持ちも分かるから。
だって、いきなり婚約者がどこの誰かも分からない女を寵姫として連れて来たら、冷静ではいられないでしょ」
「そう言って頂けて良かったです。シャリア様は気位が高くて口も悪く、向こう見ずで、思い込みが強くてあまり周りを見ない方ですが、根は良い人なのでソラ様と良いご友人になれるかも知れませんね」
トゲむき出しの褒め方だ。こんな時、いつもならユアと軽口を言い合っているのに、今日はどうしてもそんな気持ちになれず、複雑な思いでユアを見てしまう。
『良いご友人』――ユアが今言った言葉に胸が締め付けられそうになる。まさに今、目の前にいるユアにほんのりと友情を感じ始めていたのに……。
同時に、シャリアが昨日言っていた言葉が脳裏に過る。
<<ユアには気をつけなさい>>
<<あの子は四天王・ロイム様の直属の配下よ。あなたを懐柔して、この城にとどまらせようとしているの>>
<<本当の正体はメイドではなくて暗殺者よ。巧みに相手に近づいて、人の心に付け入るの。あなたも、あの子といて居心地が良かったんじゃない?>>
<<もし、嘘だと思うなら――>>
「うっ……」
私は出来るだけ苦しそうに胸に手を当て床にしゃがみ込んだ。
「ソラ様!?」
我ながら下手演技だとは思ったが、ユアはまんまと乗ってくれた。
「ごめんね――」
「!!!!!」
ユアが後ろに軽い身のこなしで、飛び避けた。
私はユアの着ているメイド服の上半身を、シャリアから借りていた宝飾されたナイフで切り裂いたのだ。これでシャリアの言っていることが嘘だったら、土下座して謝ろう。
――しかし、私が目にしたのは、期待していたものではなかった。
ユアの胸は作り物で、露わになった肌は明らかに女性のものでは無かった。第一、今のユアの動きは訓練を受けた者の動きだった。
「すみません。騙すつもりはありませんでした」
何か言い訳か誤魔化しを言うのかと思ったら、ユアはあっさりと謝罪した。それがまたショックだった。私が納得できる言い訳をして欲しかった。
「あなた、本当に男だったのね。
あのロイムっていうのに命じられて、私を見張っていたのも本当なのね……。私がここから逃げ出さないように!」
同性だと思って気を許していた自分が滑稽だった。
そもそも、着替えの時など、かなり無防備な姿まで晒しているのに……!
ユアは諦めたようにため息を付いた。
「シャリア様がそこまでご存じだったとは驚きました。やはり、昨日同席しなかったのは私の落ち度でしたね。
――確かにロイム様は私の主人です。ただ、ロイム様はリュカ様が暴走なさらないか、あなたを心配して私をここに配属されたのです」
「そんな嘘は聞きたくない!
あなたは私がここから逃げないように、ただ見張るためだけに私の傍にいたんでしょう? 私があなたを信用するようにそうやって詭弁を並べて!
大体、おかしいじゃない!? なんで四天王の――しかも、お父様と戦った人が私の心配をするのよ!」
「それは――ソラ様が、」
ユアは何かを言いかけたが、すぐに目を伏せた。
「今、ここで私の一存だけでお話することは出来ません」
「何それ? 理由を知っているのなら教えてよ!」
ユアは最後まで、私と目を合わせようとしなかった。
「また、明日来ますね。
今度は女性の――きちんとしたメイドを仕えさせます」
ユアはどこか寂し気に部屋から出て行った。
でも、それもシャリアの話が本当なら全部、全部――演技。
大体、魔界で友人が出来たなどと浮かれていたのが間違いだったんだ。
ここは――敵の城なんだ。
信用して――頼りにしていたのに……全部命令されていただけなんて、女友達が出来たかもなんて『あなたの味方です』なんて言われて、浮かれていた私は大馬鹿だ。
私はこぼれ落ちそうになる涙を無理やり飲み込んだ。泣くのは家に帰ってからだ!
シャリアがくれたもう一つの置き土産である『鍵』をポケットから取り出す。
――カチャリ
乾いた音が静かになり、私の首に付けられていた『魔封の首輪』が落ちた。
これで魔法を使えることが出来るし、私の居場所が探知されることも無いはずだ。
逃げようと思ったことは一度や二度ではない。
でも、私がこの部屋から逃げ出したらユアが、何か罰を受けるかもしれない。そう思って躊躇していたが、もう何のしがらみも無い。
私は城を出る決意をした。
続編書きました!
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