16.ソラ、パンケーキを作る
「こんなところで何してるの?」
私の言葉にリュカはため息を付いた。
いつもの仏頂面が想像できないほど、焦燥しきった顔をしている。
「それはこっちのセリフだ……フォルとの契約が切れお前は行方をくらませるわ、フォルに乗ったお前の目撃情報は入って来るし……」
「もしかして私がフォルをたぶらかして逃走したと思ったの?」
「状況的にはそう見えるだろう」
ふてくされたような顔を見て、私はリュカの早とちりを小気味好く面白く感じた。
「それで、どうしてこの場所が分かったの?」
「ゼルガディオンの近くにフォルが居たという情報が入った」
どうやら、契約が切れるとお互いの場所も分からなくなるようだ。しかし、フォルも薄情と言えば薄情だ……。初めて会ったときには忠実なリュカの僕のようにも見えたのに。食い意地が張りすぎなのか私の腕前が良すぎるのか……。
「そんなことはどうでもいい。早く城に帰るぞ」
リュカは気を取り直したようにいつもの仏頂面に戻り言った。
「あ、ダメダメ。フォルにお菓子を作るって約束したんだから」
「な……。フォルはそんなくだらん理由の為に俺との契約を初めて断ち切ったのか!?」
さすがのリュカも驚いたようだ。
まぁ。確かに私も驚いたけど……。
「まぁ……すぐ食べて戻ればバレないと……思ったの……かなぁ?
あなたを裏切るとか、見捨てるとかでは無くて軽い気持ちだったんじゃないのか……多分」
リュカの動揺ぶりが気の毒になり、なぜか私はフォローしていた。
「それはそれとして! 約束は約束だから! ちゃちゃっと作っちゃうから、リュカはその辺にでも座っててね」
あまり納得できていないようだったが、リュカは店のカウンターにある椅子に大人しく座った。私はキッチンに入り、まとめておいた食材から卵と小麦粉を取り出しパンケーキを作る。砂糖が無いのでハチミツで代用する。牛乳も無いので水を使った。本当は街に出れば牛乳も買えるのだが、リュカに「ちょっと買い物行って来る」とはとても言えない雰囲気だ
材料は揃っているのに、甘いものが食べれないのはもったいと思いながら材料をかき混ぜていった。
静かな空間に泡だて器のカシャカシャとリズミカルな音だけが響く。
「ずいぶん器用に作るのだな」
リュカは感心したように私の作業を見て呟いた。
「そりゃね。あっちに居た時は、家族で食堂やってたしね」
「勇者と勇者の娘がか?」
リュカは怪訝な声で尋ねる。それは確かにそうかも知れないけど……。父が昔勇者だったのと田舎の村で食堂をやっている事が一致しなくて、同じように不思議がられたことは沢山あった。でも……。
「父さまも母様も楽しそうに働いてたわよ。もちろん私も」
「そうなのか。確かにソラは楽しそうに料理しているな」
リュカの予想外の返答に不本意ながら嬉しく感じてしまう。
「そう?」
我ながら単純だが、私は気分が良くなりリュカの分もパンケーキを作り、前に置いた。
「良かったら食べてみて。甘味は少し控えめだけど」
出されたパンケーキが意外だったらしく、リュカは若干戸惑っていたようだった。
「……頂こう」
「どうぞ。召し上がれ」
私が微笑むと、滑らかな毛が足を撫でた。
「わ! びっくりした!」
いつの間にか、アセスがねだるように私の足元に来ていた。ゴロゴロと猫のように喉を鳴らしている。
「あなたも食べたいの? ちょっと待っててね」
フォルの分も作らないといけないし、私は慌てて追加の材料をボール入れた。
2人が黙々と食べているのを横目で見ながらも私は調理の手を止めない。
「あ、でも父さまはたまにお城の騎士団に稽古を付けにとかは行ってたわよ。でも、ほとんどは食堂で新しいメニューを母さまと一緒に考えたり作ったりしてたわ」
「そうか……仲が良かったんだな」
「そうなの。リュカの家族は? 仲が良かった?」
「俺の?」
びっくりしたような顔をして、リュカはフリーズしてしまった。もしかしたら聞いてはいけないタブーな話題だったのだろうか……。
「……あれ。なんかごめん・聞いちゃいけなかったかな?」
「そういう訳では無いが……家族のことを聞かれ事があまり無いから少し驚いただけだ」
「そうなんだ」
リュカは一呼吸置くと、
「俺の両親は魔界の侯爵家の一つで、父は過去に四天王の座に付いていた」
「そうなの!?」
もしかして、『お前の父親に倒された』的な話が来るのではと身構えてしまったが、
「もうずいぶん前に引退して、今も二人で魔界のどこかで暮らしている」
「『どこかで』ってそんな感じなの?」
「死んだという話は聞いていないから、どこかでは生きているだろう」
「会いたいとかは無いの? 両親なのに?」
「1年に1度ほど、二人で魔城に訊ねて来るな」
「ふーん。ずいぶんとドライなのね。でも、仲は良いんだね」
「なぜそう思うんだ?」
リュカは意外そうに聞き返してきた。
「えー。だって、『二人』でどこかで暮らしてて『二人』でお城にあなたに会いに来るんでしょ? 仲良いんじゃないの?」
魔族の寿命は人間よりも長く、300年生きると言われている。
それだけ長い時間を共に過ごせるのは仲が良いからにほかならないだろうし。
「そうか……そういう考えもできるな」
逆にどういう考えなのか疑問だが、それも別に私にとっては興味が無いのでどうでも良かった。
「ソラは面白い考え方をするな」
リュカは薄く笑みを浮かべた。そんなに面白いことを言ったつもりも無いけれど……。やっぱり人間と魔族では考え方が色々違うのだろう。こんな風に笑うリュカが珍しくてつい見入ってしまった。今日はいつもと違うしもしかしたら、聞きたいことを聞けるチャンスなのかもしれない。
「ねぇ。そういえば聞きたいことがあるんだけど……」
「なんだ?」
「私を魔界に連れてきて、父さまと『ある物』を交換するって言ってたわね?」
「……そうだ」
「それって何と交換するつもりなの?」
「それは……」
初めて会ったときのリュカならば、私の質問にも冷たく突き放していただろうが、今は若干だが迷いのある表情を浮かべていた。もう一押しすれば、もっと私のこの誘拐劇の真相が分かるかも知れない。
「父さまが魔界に来るための結界が開くのはまだ先でしょ? 私もカルアを助けるまでは逃げる気も無いし、教えてくれてもいいと思うんだけど」
「……城に帰ったら教えてやる」
「本当?」
意外な返答に私が驚いた。
「絶対だからね!」
「分かった」
「でも、これだけ今、聞かせて! もし、父さまが私を助けに来たら……あなた達と父さまはやっぱり戦うの?」
「戦う気はない。勇者が素直に交換条件を飲めば……だがな」
さっきまでの穏やかな表情が無くなり、リュカの眼光が冷たく光った。私はこれ以上追及することは止め、
「よし! これで完成! 早くフォルに持って行ってあげないとね。きっとお腹を空かせているわね」
とわざと明るく言い、話を中断させた。
リュカ、ルヴァン達、四天王と元勇者である父。もし対立するようであれば、私は当然父の方に付くし、そうなったらフォルやユアと戦う事になるかも知れない。あまり馴れ合わない方が良いのは分かっていた。それでも、父が来るまでの間は、カルアを救うというのが最優先事項だ。
私は、山盛りにしたパンケーキを包んで立ち上がった。
「あ、そういえばあなたとフォルの契約ってもう元に戻ったの?」
もう一つ肝心なことをリュカに聞き忘れていた。
「あぁ。ここに着く前にもう戻っている」
リュカはもういつものテンションだった。
「それって、召喚獣の意志で簡単に契約を戻せたりするの?」
「なんだ。ルヴァンに聞いていないのか? 『盲従の誓い』では獣魔によって主となる契約者が選ばれる。そして契約に必要な『真名』は獣魔が自ら名乗る」
「うん。一族に従う『盲従の誓い』と獣魔の意志で契約する『獣順の誓い』えっと、後は獣魔をアイテムを使って従わせる『隷獣の誓い』の3つが『真名』が要らないんだよね?」
『獣順の誓い』があれば、ガヴィンと対峙した時にアセスが私と契約出来たかも知れないが、それができるのは残念ながら高位の召喚獣だけだという話だ。だから、アセスは私に命がけで『真名』を教えてくれたのだ。
「そうだ。『盲従の誓い』と『獣順の誓い』は、獣魔から『真名』を名乗る為、契約を無効化するのも獣魔から可能なのだ」
「私とアセスは『主従の誓い』でしょ? その場合はどうなるの?」
私の矢継ぎ早の質問にリュカは表情を曇らせた。
「どちらが死ねば契約は解除されるだろうが……」
「え? じゃあ、私が人間界に帰る時にはアセスも一緒ってこと?」
「知らん。細かいことはルヴァンに聞け」
ロイムは面倒そうに話を終わらせた。
参考になったのかならないのかよく分からない話だったが、やはり召喚獣に詳しいルヴァンにきちんと話を聞いた方がよさそうだった。
読んで頂きありがとうございます!
間が開いてしまいすみません。とにかく話を進めるのを第一優先にしていきたいです。完結までの構想は出来ていますので気長にお付き合い頂けると嬉しいです。