14.ソラ、四天王・リュカに教わる
アセスの召喚に成功してから2日後。
私はリュカに稽古を付けてもらう為の支度をしている。
「随分と浮かない顔ですね」
準備を手伝ってくれていたユアが心配そうな顔で声をかけてきた。
「う~ん。だって今日は、リュカに教わる日でしょ? そりゃ浮かない顔にもなるわよ……」
カルアを獣王から奪還の為、ユアの提案で四天王の4人に稽古をつけてもらう事になった。アセスの召喚が第一優先だったので、先日はルヴァンに召喚術について教わったのだ。今日は実戦の相手をリュカがしてくれることになっていたのだ。
どういう風にユアが四天王と話を付けているのか分からないが、トントン拍子に話が進んでいく。
一応私は、リュカの『寵姫』ということになっているが、簡単に頼み事を出来る関係でもない。
だいたい。『寵姫』とは名ばかりで、リュカと会う事は少ない。人間界でも国によっては寵姫がいるところもあると聞くが、どこの国でも寵姫はそんな扱いなのだろうか。
どちらかというとユアの方がより身近で、頼もしい存在だ。
相変わらずメイド服姿のユアは、かいがいしく私の髪を結ってくれている。銀髪の長い髪に青色の瞳を持つユアは、私よりも美人に見える。中身が男というだけではなくリュカと同じ四天王であるロイムの直属の暗殺者でもある。
「ユアもまた付いて来てくれるんでしょ?」
当然というように聞いたが、返答は私の期待していたものでは無かった。
「いえ。今回はソラ様だけでお願いします」
あっさりと断られた事よりも、予想外ににショックを受けている自分に戸惑う。 でも、この展開は予想していないことでは無い。どうやら私の事を好きらしいユアが、リュカに会うのは気まずいのだろうから。
「分かったわ」
私はあまり追及せずに頷いた。
「すみません。実は、カルアさんの様子が気になるので、私は獣王の様子を探りに行こうと思っています」
「え?」
「どうされたのですか?」
「いや……てっきりリュカと顔を合わせるのが嫌なのかなぁ~と思って……」
これでは私が自意識過剰みたいで恥ずかしい。
「リュカ様には、昨日もお会いしてソラ様のご様子を報告していますよ」
ユアは不思議そうな顔をして答え、
「あぁ。もしかして、私がソラ様を好きだと言ったからリュカ様を避けていると思ったのですか?」
「いや。普通はそうなんじゃないの……」
ユアは微笑んだ。
「人間界では分かりませんが、魔界では人を好きになれば相手が王族だろうが四天王だろうが地位は関係ないのですから」
「そうなんだ……」
意外にも魔界は自由恋愛主義なのか。
「って、なんでそんな嬉しそうなの!」
だいぶ慣れたとは言え、未だにユアと面と向かうのに気恥ずかしい思いがある。
「いえ、ソラ様がそうおっしゃるという事は私の事を全く気にしていないという訳ではないのですよね?」
「ちょっ……そういう理由じゃ……ていうか! 近い!!」
私は、グイグイと迫ってくるユアを押しのけた。
メイド服姿で迫られると、跳ねのけるにもつい遠慮してしまう。
「あなた、獣王のところに行って大丈夫なの? あいつ、『次会ったときには殺す』とか言ってなかった?」
何とかユアを壁側に押しのける。
「あぁ。そういえば、確かに言ってましたね」
ユアは、全く気にしていない様子だ。
「では、無事に帰って来られるように祈っていて下さい」
そう言うと、私の両手を掴んだ。形勢逆転。今度は私が壁側に追い詰められた。
結局、なし崩し的にユアと2回目のキスをすることになった……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なんだ、今日はずいぶんおとなしいな」
結局、リュカには私一人で対峙することになった。さすがにお目付として付き人がリュカに会うまでは付いてきたが……。
リュカが指定した場所は、奇しくも初めて私がリュカに連れ去られた城の中層部。屋外にせり出している箇所だ。そして、あの日と同じくリュカの隣には漆黒の飛竜――フォルが当然のように佇んでいた。
ルヴァンの話だと、フォルは「盲獣の誓い」の召喚獣。生まれた時から一族に従って傍にいるというのだから律儀な性格だ。
「えっと、今日はよろしく……お願いします」
この場所に来ると、色々と恨みつらみを思い出す。
……が、教えてもらう以上それとこれとは別だ。父も、相手が老人でも子供でも何かを教わるのなら、敬意を払わなければいけない。と常々言っていたし。
「一応、聞いておくが獣魔の召喚は出来たのだな?」
「うん。昨日、何回か試して大丈夫だったからいけると思うよ」
「では、見せてもらおうか」
私は頷き、召喚獣の具現化の呪文を唱えた。
コツを掴んだせいか、昨日よりもすんなりとアセスが具現化した。
安堵しようとした瞬間、フォルが弾丸のような速さで低空飛行し、瞬く間にアセスの喉元に爪を立てた。アセスはなすすべもなく押さえつけられ、苦しそうに呻いている。
「ちょっと!」
抗議の声を上げたが、フォルは全く動じない。
「ソラ、召喚獣は具現化した時が一番油断しやすく、狙われやすい。獣魔もすぐに臨戦態勢にさせなければダメだ」
リュカがフォルに向かって右手を上げた。その合図でフォルはあっさりとアセスを解放する。アセスも攻撃態勢に入ろうとするが、すっかりフォルに怯えてしまっているようで、尻尾を丸め耳も後ろに倒してしまっている。
「獣魔を召喚前に、今の状況とどう動きべきなのかを先に意識を統合しておくべきだ」
「統合?」
私はアセスが落ち着くよう、背中を撫でてやりながら聞いた。
可哀想に恐怖からなのか震えている。
「そうだ。分かりやすく言うと心を先に通わせておいてから召喚するんだ。やってみろ」
私は安心させるように、アセスの頭を撫でた。リュカに言われた通り召喚を解く。アセスは不安な顔をしたまま姿を消した。 怯えさせてしまった事に胸が痛む。
今度の召喚の呪文は目をつぶり心を落ち着かせる。
「集中して獣魔と疎通してから召喚を行え」
私は目を閉じたまま頷き、アセスを心の中で呼ぶ。アセスの精神を捉えた瞬間……背中と唇に違和感を感じた。
「……んんっ!!??」
驚いて目を開けると、リュカが性懲りも無くまた私にキスをしていた。すぐに突き放そうとするが、がっちりと体を捕まれていて離さない。
口の中に異物感まで感じる。
(こいつ……舌まで入れてきている!!!!)
涙ぐみながら目で訴えると、さすがに罪悪感を感じたのか解放された。
「突然、何すんのよ!」
もう、本当に嫌だ。この男……。しかも、なんで毎回ユアとリュカとのキスが時間差なんだ……。
「いや、召喚士が詠唱に集中しすぎるのも隙が生まれる事を教えてやろうと思っただけだ」
リュカは何が悪いんだというようにうそぶく。
「本当は、攻撃しても良かったんだがな」
「ある意味、精神面では大ダメージよ!!」
「まぁ、そんな事はどうでもいい。稽古は続けるのか? 止めるのか?」
「うぅ……お願いします」
不本意だが仕方ない。
「本当にガヴィンの所にあの娘を助けにいくつもりなのだな」
リュカが独り言のように呟いた。
「そうだけど……ルヴァンも同じような反応だったわ。やっぱりリュカも無謀だと思っているの?」
「無謀かどうかは、これからのソラの成長ぶりで決まるだろ。やってみない限り、それが無謀だったかどうかは分からないからな……なんだ?」
「いや……あなたでも、割とまともなことを言うんだと思って驚いただけ」
「『ガヴィンを倒す』というのなら、無謀だと思っただろうがな。それに、あの娘を助けることはシャリアにも頼まれているしな」
「シャリア……様に?」
そういえば、リュカの正妃候補というシャリアのことをすっかり忘れていた。私が城を脱出する機会を作ってくれた令嬢でカルアの遠縁でもあると言っていた。
「じゃあ、」
思わず私を逃がしたのがシャリアだとリュカが知っているか聞こうとして、慌て口を閉じた。単にシャリアがカルアの親戚というだけで頼まれた可能性もあるからだ。藪蛇になる事を恐れて、これ以上言及しない方が無難だろう。
「あいつが俺に頼みごとをするのは珍しいからな」
形ばかりとはいえ一応寵姫の私の前で言うセリフでは無い気もする……が、こちらはこちらでユアと色々やっている事を考えると、強く非難は出来ない。
それよりも、リュカがカルア奪還に協力的という事を喜ぶべきだ。味方は一人でも多い方が心強い。
それから半日ほど、みっちりとリュカとフォルに相手をしてもらった。
遅くなりましたが何とか執筆出来ました。
読んで頂きありがとうございます!