10.ソラ、召喚士の力に目覚める
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「そこまでにしておいてもらおうか? 獣王・ガヴィン」
「……リュカか!?」
「久しいな、ガヴィン」
どうやら2人は顔見知りらしい……が、そんな事よりもう少しで意識が飛びそう……助けるなら早く助けて欲しい。私の心が通じたのかガヴィンは腕の力をゆるめた。息が出来てむせる私を、ゴミでも投げるように地面に放り投げた。首には爪痕がしっかりと残り、血がにじんでいる。
「はっ! 愛しの寵姫を助けに来たって訳か。それとも勇者をおびき寄せる餌としてか?」
リュカに向き合い、ガヴィンは挑発するように言った。なるほど、私の首を絞めたまま対峙できる相手では無いから放り投げたのか。リュカが現れなければ本当に命が危なったかも知れない。
「随分と魔城の事情に詳しいんだな」
「諜報活動してんのは、お前んところだけじゃねーんだよ。お前らがやろうとしている事も大体察しがついてるぜ……無謀なこった」
2人を見ると、魔族と獣族は犬猿の仲のようだ。お互いに手の内を探っているような会話が続く。
「お前には言われたく無いな……さぁどうする?」
世間話をするような軽い口調だが、殺気は私にも伝わってくるほどだ。
しばし無言の睨み合いをしていた二人だったが、先に引いたのはガヴィンだった。
「ふん、俺はそっちの娘の身柄だけもらえれば何でもいい。後の始末は好きにしろ」
首をすくめて言い放つと、未だ気絶したままのカルアを抱きかかえた。
「待って! カルアを連れて行かないで!」
思わず口を挟む私をリュカが制止した。
「ソラ、無理だ。お前とユアを守って戦えるほど、獣王は弱くないし俺も強くない」
カルアを見殺しにするのが悔しい……でも、私の力じゃ……どうしようもないのだろうか。
「そういうこった。恨むなら自分の弱さを呪いな。嬢ちゃん」
まるで私の心を見透かしているように、ガヴィンは笑い、アセスを顎で指した。
「あぁ、そっちの犬っころはもう死んだかもな。せいぜい立派な墓石を立ててやれ。あと、ロイムの腰巾着の……ユアって言ったか。そいつには『次に来たら殺す』と伝えておけ」
「伝えておこう」
「あと、」
ガヴィンは後ろを向いたまま、しばし言葉を止めた。何かを言うのを躊躇しているようだった。
「……アルが『獣』をどうするつもりか知っているか?」
先ほどと違ってガヴィンの口調が若干柔らかい。『アル』とは誰の事だろう?
「知らん」
リュカは相変わらず感情を感じられない冷たい声で答えた。
「……そうか。俺は……足掻かせてもらうぞ」
理解出来ないやり取りを交わすと、影に溶け込むようにガヴィンは消えた。
緊張感が解け今さらになって足が震えて来た。もう少しで死ぬところだったのだから仕方ない。
「お前は……大丈夫そうだな」
そんな私を一瞥だけしたリュカは、意識を失っているユアに近づき身体に手を触れた。手のひらから白い光が灯りユアの傷口をみるみるふさいでいく。
「リュカ、あなた回復魔法が使えるの?」
「見て分からないか。このまま放っておいてもよいが……ロイムがうるさいからな」
いかにも暗黒騎士風な容姿のリュカが、回復魔法を使えるのは意外だった。
「待って、ユアよりもこの子の方が重症なの。先に手当してあげて」
リュカは私の言葉に、手を止めず首だけ振った。
「無理だな。そいつはもう手遅れだ。奴の言った通り、墓石を掘った方が早い」
「そんな……」
せめてアセスの顔を撫でてあげる。もうアセスはピクリとも動かなくなっている。カルアに何と言えばよいのだろう。あんなにアセスのことを大事に想っていたのに……。
「ソラ様……」
リュカに治療を受けていたユアが上半身を起こしたまま、私の名を呼んだ。
「ユア? 大丈夫?」
まだユアの顔色は悪く、苦しそうだが出血は止まっている。この短時間に回復できるのはリュカの回復魔法が優秀だからだろうか。
「リュカ様……ありがとうございます」
ユアはリュカに深々と頭を下げた。
「まぁいい。お前がソラと一緒にいたから、この場所が分かったのだからな」
詳しい事情は分からないけれど、ロイムは配下のユアの場所を何らかの方法で知ることが出来るのだろう。それで芋づる式に私の居る場所を見つけられたのかも知れない。今回ばかりは悔しいがリュカに感謝しなければ。
「ユア、無理しないで」
「ありがとうございます。それより、その銀狼を助けられる方法があるかも知れません」
「本当!?」
叫ぶように聞き返した。
「はい。ソラ様の召喚士の力を使えば、もしかしたら……」
「待て」
リュカがユアの言葉に反応した。
「なぜ、ソラが召喚士の力を?」
「リュカ様、すみません。私もつい先ほど知ったことで、」
「アセスが助かるなら何でもやる! 早く方法を教えて」
私はリュカを押しのけてユアの肩を掴んだ。ユアはリュカの方を向きながら、
「召喚獣との契約の仕方は私は知りません。でも、リュカ様がご存じです」
「リュカ、お願い! アセスを救う方法を教えて」
「ユアには後で聞かなければいけないことが多そうだな。
ソラ、もしお前に召喚士の力があるなら、これを召喚獣として契約することができる。そうすれば、命を助けることが出来るだろう」
私は素直に頷いた。アセスを助けることが出来る可能性が1パーセントでもあるのならそれに賭けたい。リュカは少し思案した後、薄く笑い、
「教えてやる代わりに、正式に俺の寵姫になる事を、」
「約束する!! だから早く教えなさいよ! アセスが死んじゃうでしょ!!!」
リュカの襟首を掴み、私は喰い気味に叫んだ。剣幕に押されたのか、リュカは目を丸くした。いつも仏頂面しか見て無かったリュカの初めて見る表情は少し小気味好いが、今はそれどころではない。
「早く教えて!」
再度、催促する私にリュカはいつもの冷笑に戻り、
「その約束、忘れるなよ」
そう言って私の腰を引き寄せ――唇を重ねた。
「なななななななななな!!!!!!」
顔を真っ赤にする私にリュカは、
「早くしないとそいつが死ぬのではないのか?」
と平然と言い放った。
「そ、そうよ! 早く教えて!」
恥ずかしさと怒り、焦りから私は顔を真っ赤にしながら強がった。自分の感情が追い付かない――けど今、最優先するべきことは何かは分かっている!
リュカは頷き召喚方法を説明しだした。
「召喚士と召喚獣の契約方法は5つある。『主獣の誓い』『服獣の誓い』『獣順の誓い』『隷獣の誓い』『盲獣の誓い』一番手っ取り早いのが『主獣の誓い』だが、その契約を結ぶにはこいつの『真名』が必要だ」
「真名?」
「魔界の者が生まれた時に授かる本当の名前だ。もし知らないなら、」
「アレクシウス」
「知っているのか?」
リュカは意外そうな顔をした。真名を知るのは、本来はそれほど難しいことなのだろう。
「それが、アセスの本当の名前なんだわ!」
さっきアセスが私に必死に伝えようとしたのはこれなんだ。召喚士の素質がある私と契約を結んで……多分、カルアを悲しませないために。
「真名を知っているなら話は早いな。そいつの身体に触れて契約の言葉を復唱しろ」
私は冷たくなっているアセスの身体に触れ、リュカに教わった言葉を繰り返した。手の平に魔力を集中する。絶対に失敗は出来ない。
――召喚の義『主獣の誓い』
――汝、我に従い主従を誓え
――我、主の名は『ソラ=クリステル』
――我に従い、我と共に生きろ
――汝の真の名前は『アレクシウス』
私が契約の言葉を言い終わると、アセスの身体が光りに包まれ私の身体に吸い込まれるように入っていった。
「これでそいつはお前の召喚獣となった。お前が死ぬまでは召喚獣として生きれるだろう」
「これで?」
確かに目の前のアセスは消えたが、本当に私の中に入ったのだろうか?
私は思わず自分の身体を確かめる。見た目には何の変化もない。
「心の中で話しかけてみろ」
リュカに促され、半信半疑で目をつぶりアセスに呼び掛けてみた。
(アセス、聞こえる?)
――ソラ、アリガトウ
すぐにアセスの声が頭の中に聞こえた。契約を結んだせいか、以前と比べて随分クリアな音質で聞こえる。無事に契約が結べて良かった。カルアはさらわれてしまったが、ユアもアセスも無事なら及第点だ。
――カルアは? ブジ?
(ごめんなさい。あの男に連れて行かれたの)
――カルア……
アセスの寂し気で不安な声に胸が痛む。
(ごめんね……私に力が無かったから……)
――ソラ、アヤマラナイデ
(何か良い方法が無いか考えるからね)
――アリガトウ、ソラ
「聞こえたか?」
リュカの声に頷き、
「あれ? でも今度は、どうやったらアセスを外に出せるの?」
「知らん」
「はぁ!?」
思わず声を荒げた私に、リュカは興味なさげに説明した。
「俺は召喚士じゃないし、たまたま契約の仕方を知ってただけだ。そもそも召喚士にとって召喚獣の具現化は最重要だ。具現化を阻止されれば、召喚士は無力だからな。そんな簡単には表沙汰になっていない……が、方法を知ってる奴なら心当たりがある」
「本当?」
「あぁ、そのうち会わせてやる」
「ありがとう。リュカ。あなたのお陰でアセスを死なせずに済んだわ」
「……礼を言われるほどの事はしていない。それに、」
素直に礼を言う私にリュカは近づき、顔をまじまじと見つめた。
「召喚士の力があるとはお前は、やはり……あの方の……」
「ちょ……顔が近い! それよりユアをちゃんとした所で休ませてあげないと……今日はフォルは一緒じゃないの?」
「外で待機している。さすがにこの洞窟には入れないからな」
確かにこの洞窟の入り口の大きさでは、飛竜のフォルでは入れないだろう。無理やり侵入すれば洞窟自体が壊れそうだ。
「では、魔城へ戻るぞ。いいな?」
アセスをこのままにしておく訳にはいかないし仕方ない。
私は不本意ながらも素直に頷いた。
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