あの日
――私、ソラ=クリステルの父は元勇者だ。
20年前に魔王を倒し、世界に平和をもたらした英雄と言われている。
『黄昏の勇者・セイン=クリステル』と聞けば、知らない者はいないだろう。
私が物心ついたときから、村の人たちにもそう言われていたし、父も私がせがめば昔の冒険話をしてくれた。
父は人間界に人間界に現れた魔王・アドラメイダスを仲間と共に滅ぼし、配下である四天王達も魔界に追い返すことに成功。そして世界に平和が訪れた。
父も母も私にとっては見慣れた両親だったし、家族3人で過ごしている姿は平凡でありきたりにみえただろう。現に、父の仕事は村で唯一の食堂の経営だ。昔から料理をするのが好きだったという父は、まだ40代前だというのに『黄昏の勇者』の肩書なんて忘れたかのように、のんびりとスローライフを過ごしていた。
お客は村人だけ――と思いきや、『元勇者がやっている食堂』というのは珍しいらしく、はるばる遠くから冒険者達が来るときもある。私はそういったお客様達からの旅の話を聞くのも好きだった。
ちなみに、初めて父を見る人は、優男でどちらというと天然でぼんやりしている父が元勇者だったなんて、驚く人も多い。
ただ、冒険者達に頼まれてたまに剣を教えている父はやはりカッコイイし私は颯爽と屈強な剣士たちをあしらう姿には娘ながらにほれぼれすることも多い。
しかし、さすがに最近では、20年物の元勇者に会いに来る人達も減って父のそんな勇姿を見る機会も減ってしまっていた。
それでも年に数回だけだが、村から馬車で2時間ほどで行けるカティア王国の王国騎士たちの指南役として父が呼ばれるときもあった。そんな時は私も補佐役として同行を許される。父に剣の手ほどきを受けている私は、それなりに剣の腕には自信があった。たまに村の周辺に出現するゴブリンやオークくらいの魔物ぐらいであれば、1人で簡単に倒すことができる。
腕に自信のあった私は、このまま父のコネを活かして王国で騎士として雇われることを狙っていた。だって、退屈な田舎の村で暮らすよりも、華やかな城下町で暮らした方が何十倍、いや何万倍も楽しそうだし……。『元勇者の娘の女騎士団長!』なんて素敵じゃないか。
しかし、父と母に騎士団の試験を受けたいと何度頼んでも苦笑いされるだけで終わりだった。
父も母も村での生活に満足しているようだったけど、私は17歳の身空でこんな隠居暮らしみたいな生活は、まっぴらごめんだ。
顔だって自分で言うのもあれだけど、まぁまぁ可愛い方だと思う。髪だって母譲りの鮮やかな赤髪は王国でも珍しいって褒められることも多い。贅沢を言うなら、父似じゃなくてもう少し母にだったら良かったかな。
村はいつも平和だけど、刺激が全く無いし森と野原の散策にはもう飽き飽きだ。
だから、私はことあるごとに父に訴えていた。
「世界を救った勇者なら報酬をもっと沢山もらって、それからお城に住まわせてもらえば良かったのに~!」
「ねぇ。父さま? 今からでもお城に行って王様にお願いすれば、城下町に住まわせてもらえるんじゃないの?」
実際、父は王国の人たちに城に残って欲しいと懇願されたらしい。
また、これは噂話だがカティア王国の一人娘である王女は父との結婚を望んでいたとの話も!
しかし、父が選んだのは天涯孤独の身であった母。確かに母は今でも村一番の美人だし、怒ると鬼のように怖いけど普段は優しいし、父が選んだのも分からないでもない。
――まぁ、本当に父さまが、王女様と結婚してたら私は生まれてなかったんだけどね
少し抜けているけど頼もしい父と、優しい母の元に生まれて私は幸せだった。
そう。王国での華美な生活なんてなくても私たち家族は、暖かい村人たちに囲まれて穏やかな生活を過ごしていたのだ。なのに、どうしてあれほど王国での生活を望んでしまったのか。
その日も、父は私があまりに王国での生活を口うるさく望み最後には不貞腐れてしまった為、今回の王国での指南役の仕事に私を連れて行ってくれなかった。
◆◆◆
だから"あの日"の事は、父の罪ではなく私の罰なのだ。
だから"あの日"私の代わりに母が父に同行した。
だから"あの日"私は一人だった。
だから"あの日"私をさらうのは簡単だっただろう。
――"あの日"、父や母が私のそばにいてくれれば、私の人生は変わっていたのかも知れない。
"あの日"以来、故郷の青く広がった空を思い返し、何度もそう思った。
平凡だと思っていたあの生活がどんなにかけがえが無く、大切なものだったのか今なら分かる。でもそれが分かった時、故郷の空はずっとずっと遥か遠く手の届かない場所になってしまった。
私は今、雷鳴轟く暗黒の世界
――魔界に連れ去られてしまったのだ。
父が倒した魔王・アドラメイダスの配下であった四天王の手によって。
つたない文章を、最後まで読んでいただきありがとうございます!
更新遅めですが、未完にならないように自分のペースで続けていきたいです。