ホワイトデーとイチゴ1
鳥の鳴き声が聞こえ、春の訪れを感じさせるような柔らかい風が通りすぎる。雨神のアメは雪がすっかり溶けたので元気よく外へと飛び出した。
時期は三月である。
ねぐらは土の中にあり、盛り上がった土の山に扉がついていた。
まあ、土の中に家があるので、実は扉を開けなくても、どこからでも掘れば帰ることができたりする。
この扉から先は霊的空間(別次元)になっており、人間が住むような家具もちゃんとある、しっかりしたおうちが広がっていた。
「春だ!」
とりあえず、そう叫んだアメは生え立ての雑草達を眺めながら歩きだした。森の木々にはまだ葉がついていない。
「カエルはいるかな?」
アメは春になった高揚感から鼻唄を口ずさみつつ、少女の雨神、カエルを探した。
よく考えれば彼女は謎が多い。
この島ではない所から来たという。雨神は日本各地にいるので珍しいわけではないが、なぜ、この島に来たのかがわからない。
しばらく森をさ迷っていると、上から声がかかった。
アメは反射的に上を見上げた。
「やあ!」
「あ!」
見上げた先で、木の枝に座るカエルがこちらに向かって手を振っていた。
「これ、あげる!」
会って突然にカエルは大きな葉っぱに包まれた何かを、アメに向かい落としてきた。
「え!! おっとっと……」
アメは慌てて包まれたものを受けとる。
「開けてみて」
カエルはひらりと木の枝から飛び降りて地面に着地すると、にんまりと笑った。
アメは眉を寄せつつ葉っぱの包みをほどく。
「……? これは……クッキーか?」
「そう。クッキー! ドングリで作ったの」
包みを開くと四枚のいびつなクッキーが縦に並んでいた。
「ほお、ドングリのクッキーか。渋みがうまいとか聞いたことがあるな」
「で、それを私にちょうだい!」
カエルは何を思ったのかアメに向かい、手を差し出してきた。
「……? よくわからぬが……はい」
アメは困惑しながら、葉っぱの包みごとカエルの手ひらに置いた。
「ありがと!」
「……何をさせられたのだ? 今……」
眉を寄せ、首を傾げるアメにカエルは堂々と言い放つ。
「ホワイトデーやってみたかった!」
「なんだそれは……」
アメは呆れた声をあげた。
「ホワイトデーだよ! ホワイトデー! 男の子が女の子にバレンタインデーのお返しをするんだよ!」
「はあ……。しかし、俺はカエルから何ももらっておらぬぞ? このあいだ言っていたチョコの話だろう?」
「真冬にお粥あげたじゃん!」
「ずいぶん前だな!!」
どうやら、ただ、ホワイトデーの行事がやってみたかっただけのようだ。深い理由はなさそうである。
「あ、食べる? クッキー」
「うちに来ればお茶くらいは出すが……」
「お! じゃあいくー!」
会話はあっという間にティーブレイクタイムとなり、アメはカエルを連れて家へと帰っていった。
盛り上がった土部分についている扉から中に入り、土でできた階段をくだる。
「ほー、こうなってるのか!」
この階段部分は洞窟のようになっており、階段を抜けると部屋にたどり着く。
土の壁でできた一部屋に入ると、アメはカエルを食卓の椅子に座らせて、奥にある台所でお湯を沸かし始めた。土の中にある部屋なのに、水道があるのはなんなのか。
細かいことを気にしないカエルは気にも止めずに、足を軽く振りながらお茶ができるのを待った。
「またせたな。乾燥させた葉から作ったお茶だ」
「おー! ちゃんとしたティーだ!」
二人はクッキーとお茶で楽しくおやつを食べた。
「楽しそうじゃん。いいねぇ。ワカイってさ」
ふと、二人ではない声がした。
どこか大人っぽい女の声。
「む。この声は」
アメは声の主に覚えがあるのか、姿を探す。
「ここだよ。あたしに気づかないくらい夢中だったんだねぇ」
声はテーブルから少し離れた棚付近から聞こえた。
目線をそちらに向けると棚と壁の隙間から、アメと同じくらいの身長の少女が飛び出してきた。
少女は眠そうな目をしており、アメ同様に格好が奇抜だった。全体的に赤い。赤のツインテールにピンクのパーカーに赤いスカートだ。おまけに赤いカエルの帽子を被っている。
「イチゴか」
「勝手にジャマした」
赤い少女イチゴは嬉々と笑うと、余った椅子に座った。
「誰?」
「ほら、前に仲間がいるといっただろう? あれだ」
カエルが首を傾げていたので、アメは軽く答えた。
「つまりこの島の雨神なわけだね!」
カエルは興味津々にイチゴを見ていた。ちなみに、この島の雨神には鍵をかけるという習慣はないようだ。アメの家にイチゴがいてもアメは驚くそぶりも見せない。
「ふーん。あんた、この辺に住んでる雨神じゃあなさそうだねぇ。あたしはイチゴさ。あんたの素性がよくわからないから、仮でよろしくって言っておくよ」
「ほーい。私はカエル! よろしくっ!」
イチゴの挨拶にカエルは微笑みながら答えた。