鬼とチョコレート1
はっと再び目が覚めた。
赤子くらいの身長しかない人型の男神アメは寝床から這い出た。
「もう春かもしれぬ! 出遅れた!」
アメはぼうっとしていた意識をこちらに呼び戻し、慌てて土の扉を掘る。掘った先は雪の壁だった。
「まだ、春じゃないのか……」
落ち込んだアメが再び寝床に戻ろうとした刹那、あの少女が頭に浮かんだ。
……彼女はいるだろうか?
吹雪は去った。だからいるはずだ。
と、アメは期待を胸にカチコチの雪を、尖った石で削り始めた。
なんとか穴が開き、外に這い出る。
以前よりも雪が少ないような気がしたが、まだ寒くてしっかり冬だ。風は穏やかで天気は快晴。太陽が雪に反射してとてもきれいだった。
「……きれいだな」
アメはありきたりな感想をつぶやきながら少女を探す。
木々をかき分けて先に進むと緑色のカエルのフードが見えた。
「……いた!」
カエルのフードを被った少女はオレンジ色のスカートをはためかせながら雪だるまを作っていた。
「やあ! 寝ていたんじゃないの?」
少女神カエルは輝かしい笑顔でアメに手を振ってきた。
「あ……いや、起きてしまってな……。まだ冬なのか?」
「まだ冬だよ! 今の時期は節分とかバレンタインとかあるよ!」
「なんだそれは」
アメは知らない単語にまたも気分が高まるのを感じた。
「知らない? そっかあ! 寝てるんだもんねー」
「ああ……」
「教えたげる! 節分は鬼に豆投げる行事、バレンタインはチョコをあげるイベントだよ!」
「はあ……。豆投げた後にチョコあげるのか。妙だな。アメとムチ的なやつなのか?」
カエルの簡略した伝え方により、アメはさらにわからなくなっていた。
「チョコ嫌いの鬼にチョコあげたらムチムチだね!」
「鬼はチョコが嫌いなのか?」
カエルの発言によりアメは内容が全くわからなくなってしまった。カエルは嬉々とした表情で笑う。
「さあ? それは知らない。人それぞれだし」
「まあな」
アメは相づちを打ちながら、カエルが作る雪だるまが完成するのを眺めた。
「鬼って人の心にいる負の感情だと思うんだよね。だから、負の感情が人によって違うと思うんだよね」
カエルが雪だまを大きな雪だまの上にのせ、つぶやいた。
「ほう……」
「結局、豆を投げて気分を軽くするだけで、元々鬼がいる人は鬼がいると思う」
「人間の感情だからか?」
「うん。まあ、とはいえ、厄除けみたいな霊的な感覚で豆をまくのが普通だよ」
カエルは木のお椀を雪だるまの頭に乗せ、木のスプーンを目に突き刺して、木のフォークを口に突っ込んだ。
目鼻口には頑張っても見えない謎のだるまが完成した。スプーンが雪だるまに直角に刺さっているため、目から何かが出ているように見える。
「目から光線出してるみたい」
カエルはひとり愉快に笑っていた。
「人それぞれの負の感情とは……。そういう負の性格ならばかわいそうだな。性格がそうならもう、それは鬼ということになる」
アメが小さくつぶやいた時、カエルが雪だるまに色をつけようと提案してきた。
「じゃん! ブルーハワイの液!」
「……かき氷にするのか?」
「違うよ! 色をつけるのに使うの! こうやって……バーン!」
カエルはコップ一杯のブルーハワイの液を雪だるまにぶっかけた。
当然これで青く染まるわけはなく、雪だるまの頭が少し青くなっただけだった。
「ありゃ……足らなかったか」
「赤ならば頭から血を流してる、かわいそうなだるまになるな」
「まあ、いいや!」
カエルは手をパンパンと叩くと腰を伸ばし始めた。
「なあ、負の感情とはどういう所で育つと思う?」
アメはストレッチしているカエルにそんな問いを投げかけてみた。
「……例えば……自分の大切なものがなくなった時、爆発的に育つかな」
「大切なもの……」
「なんでもいいよ。大切にしていたモノでも心でもなんでも、それが踏みにじられたり、誰かのせいでなくなったりした時に感情ある生き物は怒るよ。他人じゃなくて自分がなくしても、自分に対して憎悪したりするんだ」
「そうか」
アメは揚々と語るカエルを見上げる。
「その憎悪や悔しさ、諦め、怒りが鬼を産む」
「鬼を産むのか?」
「うん。暴行や暴言に変わるから……暴れる鬼。そうするとね、周りから鬼に食われていって皆不幸になるんだ。比喩だけど間違いないでしょ?」
「ああ……」
カエルはさらに語る。
「そうすると『不幸を産んだ原因』があちこちを不幸にすることによってまた、『不幸を産んだ原因』にでかい不幸が戻ってくる。そのスパイラルから抜け出すには自分が何かの出口を見つけなきゃならない。そう、生きる意味だったり、声をかけてきた周りの者達の言葉の意味をわかろうとしたり、自分が明るくなったり、近くにある大切なものに気がついたり……。つまりは多方面からモノを見れるようになること。それが鬼をやっつけるのに必要だとあたしは思うのさ」
「落ち込んだ人には酷な内容だな。それができたら苦労しない」
「……そう、皆そう思ってる。だから『自分ばっかり不幸になる』のさ。泣くのはいいよ。でもそこから立ち上がるか、立ち上がらないかが重要なんだ。この世の中、自分が立ち上がらなきゃ助けてくれる人なんていないんだよ。一生辛くて悲しいままさ。そしてまた周りが鬼に食われていくの、繰り返し。この世界に意味なんてない。だから無理して生きることもないけどさ、死ぬとしたら死ぬ前に考えてみて、『後ろめたい何か』があるなら死なないで楽しく生きる事を選択した方が幸せになれる」
「……深いな。俺にはよくわからない」
アメは抜けるような青空を見上げた。
「わかんないなら別にいいよ。あたしも思ったことを言っただけだからさ」
カエルは雪を積み重ねて今度はカマクラを作っている。
「チョコをあげる方面は?」
アメはカエルを手伝いながら尋ねた。