最終話 雪原の滝3
リュウは再び龍になると、カエルとアメを乗せ、飛び立った。
川を逆流するようにのぼると、目の前に滝があった。
リュウはまっすぐその滝へと突っ込んでいった。
「ちょっ……滝!」
「あの先が俺様の家だ」
リュウは躊躇わずに滝を割るように中に入り込んだ。滝の裏側に道があり、鳥居と小さなやしろがあった。人間がここに龍神を祭ったのか?
鳥居ややしろを作るのはだいたい人間だ。
リュウは人型に戻ると、カエルとアメを滝の裏側にある洞窟に下ろした。
「こんなとこ、人間が来れるの?」
カエルが尋ねる。
「来れるぜ。蛙神がいる向う側は森が深すぎて人間が行くことはないが、こちらは観光地だぜ。この洞窟は横道から来れるんだぜ」
リュウは少し歩いた先で、わかれた道を指差した。観光客用か、見慣れた多言語の看板がある。
「ほー……」
カエルが頷く横でアメは首を傾げていた。気にもしていなかった世界を見ているので、世界の広さを感じていた。井の中の蛙。
まさにそれか。
「……やはり、コバルトとイチゴは変化を知り、消えてしまったのか?」
「あ? 何言ってんだ?」
アメの発言にリュウが眉を寄せた。
「いや、我々は龍が雨神を名乗っていることを知らなかったのだ。それを知ってしまったことにより、我々のデータが変わり、消えてしまったのではないかと考えているのだ」
「そんな、データが変わるくらい影響受けるか? んー、やつらなら……」
リュウは歩きながら、軽くはにかんだ。
「やつらならって、知ってるの!?」
カエルが早歩きになりながら、興奮気味に尋ねた。
「知ってるというか、ほら……」
リュウは明かりが灯るやしろの前に立つと、引戸を開けた。
「あー! カエルとアメ!」
開けたと同時に甲高い少女の声が聞こえた。
「えぇ!?」
声を聞き、さっきまで探していたふたりの姿を確認したカエルとアメは白目を向くくらい驚いた。
やしろの中でこたつに入りながらイチゴとコバルトが鍋をつついていた。
「あ……アメ……」
探していたはずのコバルトがアメを見つけて顔を赤くし、もじもじしている。
「ほぅ……青い嬢ちゃんはこのサムライっぽい男が好きなのかい。いいじゃねぇか。俺様も誰かに妬かれてみたいぜ」
リュウはいじらしくアメを見ると、靴を脱がせてふたりをやしろ内に押し込んだ。
「とりあえず、鍋がある。皆で食おうぜ! へへっ」
「待って? どういうこと?」
カエルが尋ねるが、気がついたらアメと共にこたつに入れられていた。
「ほれ」
リュウが器に盛った、野菜たっぷりの鍋を疑問いっぱいの顔で食べつつ、カエルとアメはイチゴとコバルトを見た。
ふたりはどこも怪我をしておらず、弱ってもいなかった。
「あったかい! うまーい!」
「冬に食べたのは、カエルからもらったあの粥だけだったな。美味!」
カエルとアメはだんだんと顔をほころばせていった。
「じゃなくて! え? だからどういう……」
カエルは我に返ると、再びリュウを仰いだ。
「あー、わーったよ! 説明する。まず、青い嬢ちゃんだが、嬢ちゃんは秋頃にお化けになるために、木の実やら葉っぱやらを取りに出掛けたらしい。俺様はよくわからん」
リュウはコバルトに目を向ける。
「あ……うん。ほら、カエルが、アメと仲良く仮面みたいの作ってたでしょ……。あれを作ればアメと遊べるかなって……」
コバルトはカエルにもじもじしながら答えた。
「……仮面? あ、ハロウィン! あたしはお化けの神かもって試していた時期だ!」
「あー、あれは怖かったねぇ……」
カエルが叫び、イチゴがあきれた。
「で、嬢ちゃんは仮面を作る材料を広範囲に念入りに探していた時に、足を滑らせて谷底に落ちた。で、崖の岩壁に泣きながらしがみついていたわけだ。女の子の筋力でよくあそこにしがみついていたなあと後から笑い話だが、当時は焦ったぜ。たまたま、俺様が竜宮からこっちに戻ってきていて、青い女の子が泣きながらくっついていたから、慌てて救助した。救助したら気を失ったから家で看病してたわけ」
「え? それだけだったの!」
カエルが安堵と驚きを同時に出す。
「うん……皆を困らせてごめんね……。気がついた後に、どうせならここで冬を越してみようと思ったの……。そしたら……」
「あたしがねぇ」
コバルトの言葉を引き継ぐように、今度はイチゴが声を上げた。
「コバルトを探しに遠出したらさ、雪で下が見えなくて、谷底にねぇ。雪が振ってる時期に外歩かないからさ」
イチゴは含み笑いをしながら鍋の野菜をとって口に含んだ。
「青い嬢ちゃんから『仲間の声がした』って聞いたから、川辺を捜索していたら赤い嬢ちゃんが泣きながら岩壁にくっついてて、慌てて救出したわけだ。蛙界では谷底に落ちるのがブームなのか、危ないだろと赤い嬢ちゃんを叱ったら、『違う、コバルトを探しているんだ』と。いやあ、最近の女の子はなかなか筋力あるんだなあ。俺様、びっくりしたぜ」
「は、はあ……」
抜けた返事をしたカエルとアメを見据え、リュウは続ける。
「で、お前らよ。ソリで楽しそうに滑ってきやがって! 全員グルであぶねーことやる悪ガキ集団かと思って、ちょっとお仕置きしてやろうかと思ったが、どいつもこいつも青い嬢ちゃん探していたのな」
「あはは……」
なんとも抜けた真実を知り、カエルとアメはひきつる笑みを向けた。
「……皆が無事ならば、早く帰らなくては。長老とキオビが……」
アメがつぶやいた刹那、外から悲鳴が聞こえた。
「あああ!」
「……たく、またかよ」
リュウはため息をつきながら、ひとり外へと出ていった。
アメ達が顔を見合わせていると、げっそりした顔の長老とキオビがやしろに入ってきた。
長老とキオビは先程のカエル達のように驚き、なんとなく鍋をつつき、落ち着いた。
「で、長老達は待っていなかったの?」
「カエルとアメが行ってから、心配になりすぎてな……。やはり呼び止めようと、すぐに慌てて追いかけたら、後ろからキオビが走ってきていてな、坂道に気づかずにつまずいて、ワシにぶつかり、コロコロ、そのまま崖にホールインワンじゃ」
「あー……それは災難……」
カエルが長老に苦笑いを向けていると、
「ケケー……ちょっと疲れたー」
キオビはこたつに深く入り、そのまま寝てしまった。
「皆、私を……探していたの? ありがとう。それと、ごめんなさい……」
「しかし、無事で良かった」
カエルはへなへなとこたつ机に突っ伏した。
「ところで……カエルは何の神かわかったの?」
コバルトは恐る恐るカエルを仰いだ。カエルは眉を寄せると首を横に振る。
「わからない。結局、コバルト探してて忘れてたよ」
「なんだ、お前、なんの神かわからないのかよ?」
リュウはカエルをまじまじと見つめ、軽く笑った。
「わからないよ……神力はあるっぽいんだけどさあ」
「案外、無事かえるのご利益だったりしてな」
リュウが冗談で言った言葉にカエル達は固まった。
「え……あ、いや……わりぃ、冗談っぽい雰囲気じゃねーか」
リュウは慌てて声を被せたが、アメが生真面目に身を乗りだし叫んだ。
「たぶん、それだ!」
「あのな、俺様は冗談で……」
リュウが戸惑う中、イチゴも声を上げる。
「絶対それだよ! ねぇ!」
「これは確信に変わりそうじゃ」
「ケケー……」
キオビがすやすや寝ている中、一同は拳を高く突き上げて喜んでいた。
「いや……だから……」
「無事かえる……。日本語のダジャレ……。日本人はそういうの好きだよね。アリだわ……」
カエルも真面目な顔をしてリュウを仰ぐ。
「わ、わからねぇが、どっかの神社で三匹のカエルの銅像があってな、お金がかえる、無事かえる、若かえるってのが……ま、まあ、蛙ってのは幸運の象徴なんだ。子宝も蛙のご利益さ。いっぱい産むだろ? 蛙は」
「……」
カエルは開いた口がふさがらなかった。もしかすると、自分はすごい神なのではないかと思ったからだ。
「あたし、福の神か……」
「よいではないかの? 福の神! ワシらも福の神になりたいのぉ……。ちっぽけな島の雨神ではなく……」
長老がカエルの肩をポンと叩いた。
「うらやましがる前に、今、人間界は疫病に悩まされている。蛙神がいることを知ったら、勝手に神力変わるぜ。福かえるとか、厄かえるとか。だから、気がついたら勝手に変わってんじゃね?」
「……そうか。では、我々の神社を調べてみることにするのじゃ。電話を借りるぞい。ちなみに神社はこの島にはない。人が住む地域にあるのじゃ」
長老は早口で語りながら、リュウの部屋のすみにあった黒電話で、神々の歴史を管理する神に電話をかけた。
「な、なんじゃと!」
しばらく通話していた長老は電話を切ってから慌てて皆の元へと帰ってきた。
「な、なに?」
「どうしたのだ?」
カエルとアメが心配する中、長老は重い口を開いた。
「結界はもう意味はない。我々は違う神になったようじゃ。案の定、この一年で我々の神力に変な力がプラスされておった。人間界のテレビとやらで、我々の神社がやたらと放送されているようじゃが、例の『かえる』ダジャレの神力が多数、我々のデータを書き換えていっているらしいのぉ。つまり、人間が勝手に能力をプラスしておるわけじゃな」
「なんと!」
長老は息を吐くと、今度はカエルを見た。
「おぬしも……龍(雨神)の使いから、変な風に抜き出されているようじゃ。ダジャレじゃな。我々と同じ神というわけじゃ」
「疫病で、変な風に神力が変わったのかあ。人間界の疫病だから、素直に喜べないけど、皆と同じになれたのは、嬉しいかも」
カエルは皆を見て微笑んだ。
「では、俺も無事かえるのような神になったわけだ。ふむ、そう言われると、冬なのに眠くないな
……」
アメが納得しつつ、首を傾げる。
「たぶん、あたしと同じになったからだよ! 神力が!」
カエルが胸を張る中、イチゴが口を開いた。
「ほら、だいぶん前に新型のウィルスの話、したじゃないかい? あのウィルス、冬に活発みたいなんだよ。人間の疫病はこのウィルスなんだ。だから、今年の冬は『厄かえる』の願いが多くて、あたしらは眠れなくなっているんじゃないかい? 冬に呼ばれない雨神とは違うねぇ」
「そういうことか」
アメは納得し、深く頷いた。
「……と、とりあえず……鍋食べちゃいます?」
消える、消えないとアメ達が騒いでいる理由もよくわかっていないコバルトが、呑気に鍋を勧める。
「まあ、皆、無事だった上、消えないこともわかり、ワシはもうよいわ」
長老は安堵の表情を浮かべ、鍋を再び食べはじめた。
「ああ、酒あるぜ。長老さん」
リュウが棚から日本酒を取り出し、鍋の横に置く。
「ほっほ。これはこれは」
長老はさらにほころんだ顔になると、勝手にリュウと晩酌を始めた。
「あーあー、良く飲むなあ」
カエルは呆れつつ、談笑する長老とリュウを見ていた。
「ねぇ、この際だからハッキリさせとくけどさぁ、恋模様はどんな感じなんだい?」
イチゴがアメ、コバルト、カエルをそれぞれ見回し、鋭く尋ねた。
「えっ……」
三人は一瞬止まったが、やがてコバルトが小さく声を出す。
「わ、わたしは……アメが……好き」
「お、俺は……カエルが好きだ……コバルト、すまぬ」
コバルトに答えるようにアメはあやまった。
「え? えー! 全然知らなかった」
最後に驚きの声を上げたのはカエルだった。
キオビはすやすや寝ている。
「……い、いいの……。これから、アメをわたしに振り向かせる……から」
コバルトは全くあきらめておらず、アメに宣言し、アメは軽くはにかんだ。
「ま、まあ、あたしはちょっとキオビが気になるかな……。アメは友達な感じで……。なんかごめん」
カエルが内容をさらに混ぜ込み、すやすや寝ていたキオビは叩き起こされることになった。
「けけぇ……」
キオビはボケッとしたまま、誰が好きか聞かれ、「コバルト」と答えてしまった。内容はさらに絡み合い、一同は情報の整理に追われることとなる。
「青春だねぇ」
ひとりほくそ笑むイチゴは、この混ぜ込まれた内容を楽しんでいた。
しばらくすると、一同は「お互いを振り向かせよう」ということで一致し、そこから楽しげに談笑を始めたのだった。
蛙達は冬眠せずとも良くなった。初めて出会った龍神とも仲良くなり、結界も消えた。
彼らは縁起物。
これからも沢山の福を呼ぶに違いない。
そしてまた、春がくる……。




