真冬の出会い1
この世界は無駄に広い。
狭い島国日本でさえ、人間が踏み入れていない場所もある。
神聖な場所とされている場合ももちろんあり、そこに住んでいる神々の事はだいたい知らない。
これは日本の中にある、小さな名もなき島のお話。
現在は一月。雪が深く積もり、風の甲高い音が雪を巻き上げている。肌に刺すような冷たさに、活発的だった動物達の気配はない。
深く積もった雪のさらに下、地中深くで冬眠中の生き物が、何を思ったか起きてしまった。
姿形はヒトにそっくり。しかし、パーツや目がヒトとはどこか違った。小人のような小ささで、目が丸くてかわいく、頭に簑傘を被り、なぜか羽織袴姿。
性別は男の子のようだ。
「あぁー! 春か!? 春が来た!」
少年姿の彼は寝ぼけた顔で地上用の通路を勢いよく上る。
しかし上った先は雪で覆われており、彼を幻滅させた。
「……深い雪で外に出られない。まだ春じゃない……」
少年は落ち込んでいるかと思ったが、今度は雪をかきだしはじめた。
「そういえば、いつも冬眠してしまう故に雪景色を見ていなかったな。もう一度寝る前に見ておこう」
少年は雪をかき分けなんとか地上へたどり着いた。雪のトンネルを抜けた先は美しくも寂しい真っ白の世界だった。青空の色もどこか澄んでいるように感じる。寝ていたからわからなかったが、今はお昼で快晴のようだ。
「……わあ……一面真っ白だ」
吹雪いていたのか木々にも大量の雪が垂れ下がっていた。
しばらく雪景色をのんびり眺めていたが、少年はくしゃみをして凍りつくような寒さに気がついた。
「さっぶ……へっくち!」
再びくしゃみをして凍える空気から逃れようと元来た道を戻ろうとしたが、おいしそうな匂いが鼻をかすめたため立ち止まった。
「……いい匂い? 皆、寝ているのではないのか?」
少年は訝しげに匂いのする方へ歩いていった。
しばらく雪の森を歩いていると何かが燃える音が聞こえてきた。
「焚き火だ……」
雪をかき分けて少年はそっと雪の影から先を覗いた。
「……誰だろ……?」
覗いた先でカエルのフードを被った少女が焚き火で何かを煮ていた。焚き火には鍋が置かれている。おいしそうな匂いは鍋からした。
「……お腹がすいたな……」
少年は小さく呟きながら少女の背中を見据える。少女は嬉々とした顔で鍋から何かをお椀に注ぎ、うまそうに食べ始めた。
「うう……なんだかわからぬがうまそうだ」
「あんたも食べる?」
「え!?」
独り言が聞こえてしまったのか少女がこちらを振り向いてお椀を差し出していた。
「……い、いいのか?」
「いいよ! 皆寝ててつまんないとこだったから! あ、あたしはカエル! よろしく!」
カエルと名乗った少女は少年にお粥の入ったお椀を渡した。
「お粥だ! ……この草はなんだ? ……あ、俺はカエルで雨神だ。アメって呼んでくれ」
「ほー、雨神ねー、じゃあ、あたしと同じだわ。てか、あんた、ちっさいね! あ、それとこの草は七草だよ!」
「七草?」
少年アメは首を傾げながらお粥を見つめる。お粥には様々な草が入っていた。大根とカブらしきものもある。中身を確認してから湯気越しに、再度目をカエルの少女に向けた。
カエルは人間の子供くらいの大きさ、アメは生まれたての赤子くらいの大きさだ。
「七草を知らない!? あー、この島の雨神は皆冬眠するの?」
「冬眠するぞ。カエルだからな。元は」
「あたしもカエルから神様になったけど冬眠はしないなあ! 時間の無駄じゃん! 雪は楽しいよ!」
「どこが……?」
アメはうんざりしたように呟いた。アメが一番嫌いなのは冬だ。寒くて寂しくて静かすぎる。
「……いーからそれ食べて! 冷めちゃうよー」
カエルはアメが持つお椀を指差した。アメは慌ててお粥をすする。
「……うま……」
「うまいっしょ! 冬の醍醐味はあったかいご飯!! かまくら作りだって楽しいんだから! 凍った川でスケートも楽しい!」
「……」
無垢に微笑むカエルをアメは驚きの表情で見つめていた。
……こんなの初めてだ。冬は暗くて寂しいだけだと思っていた。彼女はその常識を壊している。
破天荒だ……。
だが……なぜだろう。興味を惹かれてしまう。
「……もっと、もっと教えてくれ」
「いいよ! 町の話もしてあげよっか? クリスマスと正月は冬の盛大なパーティー! 新年を祝ったりするのさ」
「へぇ……」
カエルの話す内容はどれも興味深いものだった。
アメは自分の考えが変わるほどにこの少女に興味を抱いていた。