春が恋しいですよ
「おかえりなさい。主人である私を置いて一体どこに行っていたのかしら。」
窓の前に立ち外の景色を眺めながら話すアリア様の言葉に、私はなにも答えられずその場に立ち尽くした。
先ほど当主様と話した内容は、アリア様にはとても言えない。
「……まぁいいわ。セレナ、当日のドレスだけれど、前にあなたが見つけた赤いドレスを着ていくわ。処分しておくように言ったけれど、どうせ捨てられていないのでしょう。」
───赤いドレスとはあれのことか。
あれを見たアリア様の顔が曇り、良くないものを見つけてしまったと反省した記憶は強く残っている。
処分しろと言われたものの、高級そうなそのドレスを捨てるのは腰が引けて、今もクローゼットの奥に眠らせていた。
「ですが、あのドレスには良くない思い出があるのではないですか?」
「…あれは幼い頃にお母様から頂いたドレスなの。まだ魔法が使えないと分かる前で、いつか成長した時に着ようと大事に保管していたわ。」
なるほど、サイズが少し大きいと感じたのはそういう理由からだったのか。
ドレスをプレゼントするということは、奥様はアリア様のことを大切に思っていたのだろうか?
「奥様のお話はあまり聞いたことがないのですが、アリア様と奥様は今でも関わりがあるのですか?」
「お母様とはもう何年も会話をしていないわ。たまに廊下ですれ違うこともあったけれど、私の事など視界にすら入っていない様子だったわね。……とにかく、顔合わせの日にはそのドレスを準備しておいて。」
──当主様だけでなく奥様までもがそのような態度をとられるのか。
他人事のように話すアリア様の言葉に胸が苦しくなる。
前回あのドレスを見た時はあれほど拒絶していたというのに、今はそれすらも受け入れてしまえるほどに全てを諦めてしまっているのですか。
「……なんて顔してるのよ。いつもの無駄に元気なセレナはどこにいったの。」
困ったような顔でこちらを見るアリア様に潤んだ瞳がバレないよう、私はそっと顔を伏せた。
主人といえど年下の子にこんな顔をさせてしまうなんて。不甲斐ない自分に腹が立つ。
「アリア様。ハーヴェンド侯爵とのご結婚、なんとかならないものでしょうか。」
「…言ったでしょう。もう決まったことなのだからどうする事も出来ないの。どちらにせよ、ずっとここに置いてもらえるなんて思っていなかったわ。」
伏せていた顔を上げて見るアリア様の顔は、15歳の少女が浮かべるような表情ではなかった。
引きこもりで寂しがり屋な少女は、いつからこんなに人生を達観したような表情をするようになったのか。
「ここで殺されないだけまだマシなのよ。」
自分自身に言い聞かせるように、アリア様が静かに呟いた。
その言葉にまた泣きそうになって、喉がきゅっと締め付けられる。
そんなの、殺される場所が変わっただけではないか。
窓の外では朝からずっと雪が振り続いている。
冬の寒さはまだまだ続くだろう。
暖かな春が訪れる時、私達はどうしているだろうか。
お互いが言葉を発することなく静寂に包まれた空間で、しばらくの間ぼんやりと窓の外を眺めていた。